アスタリスク⑦
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「さぁ、泣いても笑っても最後の5分間。8人で本当によくここまで来たと思う。僕は君達を誇りに思うよ。このメンバーでできる最後の試合、最後のひとコマだ。噛み締めてきなさい、苦しさも含めて、全部。失うものは何もない、全てを出してきなさい。」
「失うものはスタミナだけだな。」
「うまいじゃないか、太田。イヤイヤイヤ・・・俺、今、結構真面目に、我ながら珍しくうまいこと話せてたと思うんだよな~。トホホだぜ・・・」
野口コーチと太田 勝也の漫談に笑みが生まれる。緊張から解き放たれ、疲労に不感となり、苦行を忘れることができた。時間にしてゼロコンマ何秒の世界かもしれないがこれが心の支えとなりうるのだ。苦しい時の支え、そして勇気。背中を押してもらい、8人はグラウンドへ散っていった。
ちなみに先にも記したが、延長戦にハーフタイムはない。前半を終えると互いに陣地を交換して最も移動距離の長いゴールキーパーの準備が済めば後半開始。ただ常徳SCの8人は知ってか知らずか陣地を交換する際、誰が何を打ち合わせるでもなくベンチに立ち寄った。そこでの短い立ち話。正直、主審が見逃してくれたのが大きかった。始まり、5分後に終わる。名残惜しい。始まらなければ結末を知ることもないのに。ラスト300秒。
攻防の展開は変わらない。8人以外は見守り応援することしかできない。届く保証のない祈りを込めて。
1年生の時。おとなしい子が多いのかなと感じ、その印象は正しかった。まさに大人しいという言葉がピッタリである。悪ガキはいないが元気も足りない少し寂しい1年生。面倒を起こさないのは指導者としてありがたいことなのだがもうちょっとやんちゃ腕白でも良いのではと贅沢を望んでしまう。みんな仲良し、トラブルの少ない代。月日が進んで小学校生活にも慣れてくればとも考えたが、2学期、3学期も同様、手のかからない1年生だった。
2年生になり、言い方は良くないが素行の乱れた出てくるのではとどこか期待してしまった。不安ではなくあくまで期待。何を心あてにしているんだかという話ではあるが、手間のかかる子ほど可愛いものだという話はよく耳にするだろう。例年であれば程度の差はあれ、学校生活の慣れも手伝って悪く言えばガキ大将、良い方向に転じると引っ張っていくリーダー資質の子供が出てくるのだが、みんな平等。上も下もなし。相も変わらずの良い子ちゃんだった。ちなみにこの頃から後輩、つまり一学年下、今の3年生にはすこぶる優しかった。いいお兄ちゃん、そしてお姉ちゃんだった。素晴らしいではないか、彼らに一体何の不満を持てというのだ。
3年生。1コ上の4年生と一緒に練習することが楽しいようで、何人かの子達は4年生にベッタリというイメージが今でも残っている。練習が終わったあとも居残っておしゃべりするのがお決まりになっていた。さて、3年生位の年齢に達すると運動神経のあるなしのようなものが現れてくる。この子はうまくなるなとか、この子は運動が気が手かな、とか。残酷ではあるが、サッカーの向き不向きが見えてきてしまうのだ。その子供の集まりがチーム。だから、この代のチームは正直強くならないだろうと決め付けていた。そもそもスキルアップスポーツクラブは勝利を第一の目的にしているわけではなく、サッカーを通じて体を動かし、人間性を養い、友人との輪を広げいくことを目的としている。この代は楽しく仲良くやってくれれば良いと、いつしか自分の中で納得してしまった。ひとつ下に実力派がいたことも言い訳のひとつとして挙げられるかもしれない。
そして4年生。小学生の頃から学習塾へ通うことが珍しくなくなってきた風潮の中、人数が8人に減った。練習に関しては3年生と合同ということもあり特に問題はなかったが、これまでの経験上、4年生になってからチームに入ってくるものは少ない。友達の紹介でというケースもないことはないが、4年生で卒業という事情を考慮すると、この代は8人でやっていかなくてはならないなという覚悟が生まれた。その実力はと言えば、夏休み前までは後輩の3年生にも歯が立たない状態だった。それが長期休暇をきっかけに変わった。土曜日以外にも集まって練習しているという話を聞いて、バレないように覗いていみた。驚きと共に嬉しかった。サッカーと真剣に向き合っているからというだけではない。自分達で考え行動に移していたからだ。後輩に負けてヘラヘラしているだけの子供達を心から応援できるか、全力を傾けて指導できるかと問われれば、困ってしまう。頑張っている子供を支えたいというのが正直な気持ちだから。そして幸運なことに結果もついてきた。