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11人いないっ!  作者: 遥風 悠
12/20

第五章 公式戦

【第五章 公式戦】


 「12時か・・・眠れないな・・・」

俺は心の中で呟いた。横になって約3時間。目が冴えてしまった。興奮と緊張。怖さはない。イメージトレーニングでもしていればその内に眠たくなるだろうと踏んでいたが、ちょっと甘かった。何度も好プレーを繰り返し、さすがに飽きてしまった。それでも眠気に襲われなかったが、焦りはなかった。だから余裕を持って常徳SCの思い出に酔っていた。夏休み以降は自分達なりに充実していたと思う。赤松公園での自主練習。ボールを蹴るだけではなくどうやったら8人で勝てるか、フォーメーションなんかについても話し合った。ああだ、こうだ、地面に木の枝でフィールドを描いて、石を人に見立てて喋るのは楽しかった。明日の大会は4チームの総当り戦。常徳、保圭ほけい浦賀うらが、そして暁星ぎょうせいだったと思う。毎年変わらない顔ぶれなのでチーム名はどことなく記憶に残っていたが、選手個人の顔となると一欠片(ひとかけら)も覚えていなかった。そんな俺達に野口コーチがしっかり情報提供してくれた。

 優勝候補は暁星SC。圧倒的ド本命。決勝ラウンドにすすめるのは1チームで、俺達の代では過去3大会全て暁星SCが進出している。もっと言えば暁星は予選ラウンドで無敗・・・さらに決勝ラウンドでも優勝の経験あり。そういや、去年・・・俺達、0ー4か0ー5で負けてる・・・まさに王者・・・この辺りで眠りにつくことができた。


 もうひとりの決戦前夜。城所 千夏。

 お父さん、お母さんと夜ご飯を食べていると、自然に明日の試合が話題に上りました。

「千夏、結局8人で試合をするんだって?3年生からメンバーを借りたりしないのか。」

「うん、みんなで決めたの。4年生だけで勝とうって。」

「3年生を入れれば11人で試合ができるのに、なんでわざわざ8人なのかしら。余計に勝てなくなっちゃうわよ。ただでさえ弱っちいのに。」

お母さんは少し笑いながら言いました。言い方はキツイ感じがするけれど、私がサッカーを続けたいと言った時、とても嬉しそうに、いいんじゃない、と言ってくれたのは今でもはっきり耳に残っています。

「ごちそうさまでした。明日早いからもう寝るね。おやすみなさい。」

歯を磨きながら勇ちゃんとの会話を思い出していました。

「私、下手っぴだからみんなに迷惑かけちゃう―」

「ば~か。千夏が一番うまかった俺達の立場がないだろう。」

「でも・・・」

「下手っぴも含めて常徳だ。っ()うか、みんな下手くそだから試合に勝てないんだろうな。そう思うだろ。」

「えっ、ん、う~ん・・・」

「あっはっはっは・・・大丈夫だって、みんなでフォローすればいいし。それに千夏、そんなに下手じゃないぞ。」

「ホント・・・に?」

「おう。足は速いし、回りがよく見えてるもんな。試合中、味方とかスペースの位置を教えてくれると助かる。」

「うんっ!」

 眠れそうにないので、部屋に戻ってもしばらく椅子に座ってぼ~っとしていました。目の焦点が合っていない状態でカーテンの真ん中辺りを見ていました。

 つい最近、私はミニゲームで初めて点を取りました。私の前に転がってきたボール。みんなのシュート!という声に、気が付いたらインステップシュートを蹴っていました。コースなんかは狙っていなくて(勇ちゃんに怒られちゃう)、えいって思い切って。だから初ゴールの感想は「あ、入っちゃった」。

すぐに男の子たちが集まってきて褒めてくれました。髪の毛をクシャクシャにされたけれど全然嫌な気分じゃなくて。一応すぐに手櫛で直したけれど、それは女の子ということで。さすがに抱きつく男の子はいなかったけれど、口々に声をかけてくれてハイタッチもして。泣きたくなるくらい嬉しかった。大袈裟だと笑われるかもしれにけれど、サッカーやってて良かったなって思いました。サッカー続けてて良かったなって。赤松公園で練習してよかったなって。帰ったらお母さんに言おうって。

 明日、1回でもいいから勝ちたい。男の子達の足を引っ張らないように私もがんばりたい。何か一つでも褒めてもらえるようないいプレーをしたい。カーテンをスクリーンにして、シュートが入った時の映像が見えました。


 「全員集合!!」

3、4年生が野口コーチを囲んで話を待つ。大会当日、文句のつけようがない快晴。雨でも雪でも行われるサッカーの試合だけれど、やっぱり太陽の下でサッカーをした方がいいに決まっている。

「常徳、保圭、浦賀、暁星の4チームで総当り戦を行い、1位のチームが来年の決勝ラウンドに進める。3年生は去年も行っているから分かっているな。4年生、君達は泣いても笑っても最後の大会だ。ここまで来たら人数は関係ない。相手より1点でも多く取った方の勝ちだ。今までの常徳とは違うという所を見せてやろう。」

 野口コーチ、幼稚園児でも分かっていることばかり言ってたな~。気合が入っているのは伝わってきたけど、試合やる前に疲れちゃうぞ。俺達はウォーミングアップの為にグラウンドへ散った。すると不思議なもので記憶が蘇ってきたというか、それとなく思い出してきた。これまでの大会、1度だけ保圭と引き分けて、あとは全部。負けだ。完敗。全て4位。全部ビリ。過去3大会、俺達が1年の時からずっと、決勝大会に進出しているのは暁星。2位が浦賀で3位は保圭。順位は3年間不動。ランキングははっきりしている。格は明確。他の3チームからすれば俺達常徳SCは、負けてはならないチームなのだ。ふ~ん、常徳相手にアップして、本番に備えるかって具合。冗談じゃない。


 「緒戦が保圭で次が浦賀、で、ラストが暁星だってさ。試合を重ねる毎に敵が強くなっていく・・・やはり主役は俺達か。」

「勝也、黙って体操できないのか。それと、俺にはお前の主役の定義が分からん。」

従兄弟同士の太田 勝也と本田 成也の会話は、常徳SCのムード作りに欠かせない。俺もそうだけれど、他のメンバーはちょっと楽しみにしていたりする。ただし、ずっと放っておくと本気でケンカをしそうなので、特に今日は公式戦ということで、俺も会話に加わった。

「他のチームからすれば常徳が最弱ってことになるんだろうな。」

「そうだね。だって1回も勝ったことないもん。」

遠藤 行則も乗ってきた。

「1回も・・・だっけ?」

観月 心。

「う~ん、確かに勝った記憶が・・・」

細野 正。

「ギリギリ保圭と引き分けかな。」

横山 順矢も記憶を辿った。

「0勝8敗1分?」

千夏が疑問形で締め括った。

「残念だな、勝也。主役の成績ではないな。」

本田 成也がにんまりしながら太田 勝也に視線を送った。

「いいさ、今日勝てば。さぁ、アップに集中しよう。」

話の割り込み方がほんと上手くなったな~と思う。野口コーチの一声で心が波打ちを沈めた。雑念が消えていく。集中力が高まっていった。

 体をほぐし、一旦呼吸を乱し、汗をかいた。アップ完了。いつでも戦える心と身体。あとはホイッスルを待つだけという状態だ。野口コーチがフォーメーションを確認する。


ゴールキーパー : 遠藤 行則

センターバック : 本田 成也

右サイドバック : 細野 正

左サイドバック : 観月 心

センターハーフ : 太田 勝也

右サイドハーフ : 横山 順矢

左サイドハーフ : 城所 千夏

フォワード   : 伍代 勇樹

 

 日本リーグや高校サッカーを見ると4ー3ー3や4ー4ー2というフォーメーションをとるチームが多いように思う。海外のチームだと3ー5ー2なんていう、中盤に人数をかけるのが流行っているらしい。花形と言われるポジションがフォワードからミッドフィールダーに移行し始めた時代。正確なロングボールやスルーパス、巧みなボールコントロールで試合を作り勝利に導く選手はファンタジスタなんて呼ばれたりした。

 俺達常徳SCのフォーメーションは3ー3ー1。どうしたってどこかしらに穴ができて数的不利が生じる。そんなことは百も承知の上で出した答えだ。さぁ、お楽しみの始まりだ。


 「ゴホッ・・・ゴホッ・・・」

緒戦直前。風邪ではない。皆を前にして言葉の出てこない野口コーチが咳払いをひとつ、ふたつ。顔の赤らむ野口コーチに対してニヤつく俺達。腕時計をチラリと見て覚悟を決めた野口コーチが突拍子もない声を張り上げた。周囲の保護者からすれば突然に、俺達からすれば待ってました。

「元気ですかー!!」

「元気ですよー!!!」

野口コーチが精一杯振り絞った声の何倍も大きな、そして自信に満ちた声で俺達は返答した。応援団は何事かと驚き、クスクスと笑い出す母親もいた。

「太田~、一応親御さんも見ているんだからさ~。」

「いやー、コーチ。気合入りましたよ。アッハッハッハー!」

「こっちは話したいことがブッ飛んじまったよ。」

 先週、リフティング大会に野口コーチが参戦した。そして4年2人に敗北。その結果、太田 勝也発信の罰ゲーム、である。

 試合前、過度の緊張はなかった。みんな表情に余裕があった。週1回の練習だけではこうはいかない。赤松公園での練習を継続する、するとどうなるか。ここで詳しく説明することは難しいけれども、仲間を偽りなく信じることができる。誰かの為に、チームメイトの為にという自己犠牲の精神が生じた。

 「やれやれ・・・じゃあ、ひとつだけ―勝ちに行くぞっ。」

「オオーーーッッ!」

昨年の自分達を覚えてはいないけれど、気合の乗りは比較にならないだろう。


 保圭SC対常徳SC。昨年の順位は3位と4位。ずっと3位と4位。3年間3位と4位だけ。下位が定位置の保圭と常徳。4年にもなれば会場の雰囲気みたいなものを察することができる。事実上の決勝戦なんていう言葉は耳にするけれども、事実上の最下位決定戦というのは腹が立つ。周りを見渡せば浦賀と暁星は高みの見物だ。特に子供達よりその父兄か。念願の決勝ラウンドへ。もしくは四連覇。その為に必要なことは下位との対戦で取り零さないことと直接対決を制すること。どんなサッカーをするのか、去年までと違う所は、自分達の脅威となりうるかどうか。な~んて空気を醸し出していても内心は所詮、下位同士の潰し合いというのが本音だろう。そして、それはそのまま保圭と常徳の応援団にも当てはまる。この緒戦に負ければビリ。最後の大会、どうにか1勝を。ビデオにいいシーンを収められるとしたらこの試合だ。笑顔を残せるのは、おめでとうと言えるのはこの一戦。経験値から子供以上に物事をより効率的に、おおよそ正しく判断できるのが大人。勝てば官軍か・・・その通りだと思う。負ければ何も言えない。負け続けてきたから反論できない。今日負ければ大人の予想通り。ほらな、というのはムカつく。

 見せてやるよ、俺達のサッカーを。


 オープニングゲームでまず目を引いたのは太田 勝也のゲームメーク。普段の話しぶりやお調子者の性格からは想像できないが、太田 勝也は非常に頭が良い。週3日だか4日は塾に通っていて、中学受験もするそうだ。ただ太田 勝也の頭の良さは学校の勉強ができるというだけではなく、問題解決能力。解決の糸口を手繰り寄せられる頭を持っていた。

 下手っぴなチームというのはどうしてもボールのある所に固まってしまう。フィールド全体や人ではなくボールばかり見てしまうのだ。ボールを追いかけるのに必死で外野からの指示なんぞ耳に入りゃしない。太田 勝也は一度ボールを奪うと相手を自分に引き寄せてからフリーの横山 順矢や千夏、もしくはスペースや一気に前線の俺にパスを出す。太田 勝也はドリブルで2人、3人と抜き去って数的優位を作り出すというよりは、敵から逃げるようなドリブルでチャンスを生み出すタイプだ。普段からは想像できない位に冷静で、リスクを最小限に抑える太田 勝也のゲームメイク。8人で勝つ為に、という問いに対して導き出した答えだった。俺とはポジションが違う。不用意にボールを取られれば失点の危険性がつきまとう。俺みたいに自由気ままにドリブルできるポジションではない。

 浦賀も暁星も気付いたろう。たったの数分間俺達のサッカーを見ただけで、今年の常徳は何かが違うぞと。大人の予測や常識なんかひっくり返してやる。一方的な試合展開から前半8分、俺が先制点を決めた。

 対保圭戦、俺達は順調な試合運びで戦っていた。その中で一番元気だったのが遠藤 行則。試合できることが嬉しくて仕方ないという様子。彼のポジションはもちろん、ゴールキーパー兼常徳SC第四のディフェンダーだ。

 小学校中学年位までは大きなサッカーゴールが文字通り小学生には大きすぎるという理由から、小さなゴールで代用することも多い。ハンドボール用ゴール程の大きさ。スタンド・アップ・スポーツクラブ主催の大会でも、予選ラウンドではこの小さなゴールが使われる。4年にもなるとやはり小さすぎるサッカーゴール。それならばゴールキーパーがぴったりとゴールマウスに張り付く必要はないという、野口コーチの作戦だった。練習の段階から変則ポジションに慣れてきた為、チームも遠藤 行則も戸惑いは無し。まぁ、アイツのズバ抜けた運動神経あっての作戦なのだが。

 キーパーが大きく前に出ていると分かっていても、4年のキック力ではロングシュートを狙うことは難しい。うちの横山 順矢みたいな力自慢もいるに入るが、颯爽と遠藤 行則がゴールマウスに戻るだろう。リスクを背負ったとしても、たとえ数平方メートルの範囲でも、さすがにゴールキーパーがマンマークにつくわけにはいかないが、フィールドプレイヤーの行動範囲で埋めたいのだ。もちろんキーパーはじめ、DF陣には大きなプレッシャーになる。FWの俺と違ってケアレスミスがそのまま失点に結び付くからだ。が、遠藤 行則には足枷(あしかせ)にならないようだ。点差の都合もあるのか、よく喋ってよく笑って、楽しそうに指示を出していた。3ー0。常徳のリードで前半を終えた。


 ハーフタイム。意気揚々とベンチに戻る俺達に意外な指示が飛んできた。それは野口コーチが本気で3連勝を目指しているということ。決勝進出が決して口先だけの目標ではないという証ではあるのだが、その指示は、およそ小学生のスポーツクラブではありえない内容だった。○か×で言ったら×なんじゃないだろうか。

「体力の温存方法を考えよう。目標は優勝と決勝ラウンド進出。その為には3試合全てに勝たなくてはならない。人数の差は時間が経てば経つほど効いてくるぞ。いいか、暁星戦、君達の疲労はピークだ。今の内から疲れを最小限に抑えるんだ。」

 親が聞いたら嫌な顔をするだろうな。野口コーチとしても外野に漏らしたくなかっただろう。全力投球こそが子供のあるべき姿。これを踏みにじった場合、特にスポーツでは油断とか満身に都合よく結び付けられる。万が一逆転でもされたら一溜りもない。小声で話す野口コーチの心情を察して、俺達からもフォローの声が出された。

 「いいね~、温存。カッチョイイじゃない。」

「ディフェンシブにポジションとっていこう。」

「太田ちゃんが一番ボールに絡んでいるからね。ちょっとペースを落としてもいいんじゃない。」

「えっ、俺、全然疲れてないぜっ。」

「お前は何を聞いていたんだ。この先だよ、この先。」

「入らなくてもいいからなるべくシュートで終わろう。」

「少し遠目から撃ってみるか。」

「プレーが切れればポジションの確認できるし、休めるし。」

俺達の初戦は4-0の快勝だった。


 俺達は初勝利の余韻に浸れるものだと思っていた。勝った、勝ったぞ、お疲れさん、みたいなノリで。それを自重させたのは親でもコーチでもなく―

 試合終了を告げるホイッスル。センターラインを挟んで整列した。保圭の選手は皆一様に下を向いていた。溜息をつく奴、唇を噛む奴、握り拳を固める奴。初めて、勝って挨拶をする俺達だったが、どんな表情をしたらいいのか分からなかった。もちろん笑って、自分達の勝利を誇っていれば良いのだが、味方同士で(ねぎら)うことすら(はばか)られた。千夏なんかずっと下を向いて、勝ったんだか負けたんだか分からない顔をしていた。試合を終え、礼をして、力ない握手をして終いだった。保圭の応援席へ挨拶した時も拍手はもらったが、お前達には負けられなかったのに、という心の叫びみたいなものが拍手の音量から伝わってきた。これが俺達の初勝利の味だった。そう、何もおかしなことはない。不思議なことはない。多分みんな、去年までの自分達の姿を思い出していた。負けてもヘラヘラしていた自分達の姿を恥ずかしいと省みる。勝ったチームに対しても応援してくれた人達に対しても失礼だったと。


 「保圭SCさ・・・物凄く悔しそうだった。1番弱いはずの俺達に負けたからかな。」

観月 心が誰へともなく呟いた。まとまって座る俺達の目の前では常徳VS浦賀(3年)が行われていた。先々週は1、2年ブロック。3、4年ブロックの今日は3年のリーグ戦と4年のリーグ戦が並行して進められる。常徳3年は前評判通りの強さでゲームを支配していた。この試合は問題ないだろう。野口コーチも落ち着いて指示を出していた。

「まぁ、相手が悪かったな。俺達が相手では致し方あるまいて。フォッ、フォッ、フォッ・・・」

太田 勝也がわざとか本気かおちゃらけた。

「去年・・・僕達も悔しかったのかな。」

細野 正も昨年までの常徳を振り返っていたようだ。確か試合に負けてすぐにテレビゲームの話で盛り上がって、テレビアニメの話をして・・・本田 成也は独りで少年誌を読んでいたかな。サッカーに話題が移ることはなかった。

「今日負けたら、悔しいと思う。」

3年の試合を見ながら横山 順矢。

「横山ちゃんもみんなも、ほら、一戦目勝ったんだから明るく、明るく。まずは3年生を応援しないと。」

重苦しい空気が耐えられなかったのか、遠藤 行則が元気付けるように言った。

「仕方あるまいっ。俺が脱いでやろう!」

何を思ったか、突然立ち上がって履いていたジャージを脱ごうとした太田 勝也の尻に本田 成也の蹴りが炸裂した。どうにか笑いも生まれた。第一戦目、終了。


 第二戦目の相手は浦賀SC。大本命暁星SCの対抗馬。そして過去3年間、3大会、どのチームよりも無念の涙を流してきた。俺達からすれば格上の相手。試合開始直前、望んでもいないのに記憶が蘇ってきた。常徳はこの3年間、浦賀SCに勝つことはおろか良い試合すらさせてもらえなかった。勝てる見込みのあった試合はゼロ。4点差、4点差、3点差で負けている。勝負にも話にもならなかった。俺達は点数、とっていたっけか。とにかくボロ負けだったはずだ。

 「さぁ、2戦目だ。準備はいいな。相手は浦賀SC。ポジションは保圭戦と同じ。常徳の今の立ち位置を知るにはもってこいの相手だ。暁星と浦賀の試合は見ていたな。3-1で暁星。今年も王者は暁星だ。そこに挑戦する資格があるかどうか。勝ちに行こう!」

「っっっしゃゃあああ!!」

後になって振り変えれば、この浦賀戦で周囲の常徳を見る目が変わったのだ。いや、変えてやった。

 事実上の決勝戦に敗れたからといって、浦賀SCの覇気が大幅に削がれたということはなかったと思う。暁星に負けたことで決勝ラウンド進出が厳しくなったとはいえ、そのことで手抜きをしたりやる気を失ったりできる程、子供という生き物は器用にできていない。ましてやこれが最後の大会。可能性をゼロにしない為にも、勝ちをくれてやる理由などあるまいて。

 3人の常徳SCディフェンダー。守備陣、そしてチームのまとめ役を務める本田 成也、てきフォワードと味方の位置を確認して罠の合図を出す右サイドの細野 正、スタミナがありオーバーラップを武器とする左サイドの観月 心。結論から言ってしまおう。この3人が浦賀の攻撃をシャットアウトした。手前味噌ではあるけれども、スゲェと思った。遠くから見ていて、美しいと。

 『オフサイドトラップ』。

野口コーチの授けたいわゆる秘密兵器。少人数かつ、極力体力の消耗を避けながら敵の攻撃を退ける戦法。失敗した時、破られた時のリスクは大きいが、サッカーをよく知る本田 成也、知的な細野 正と観月 心の3人であれば自分達のものにできると踏んだ野口コーチ。その期待に応えてみせた3人。前、後半15分の計30分では、浦賀SCがオフサイドトラップを攻略する為の時間としては短すぎた。

 浦賀の攻撃はことごとくオフサイドに引っ掛かった。前線に出すパス出すパス全部オフサイド。攻撃に転じる度に笛が吹かれる、浦賀SCの選手からすればそんな印象だったろう。人によっては、常徳SCのDF陣が何をしているのか分かっていなかったかもしれない。何故、主審が繰り返しホイッスルを鳴らすのか。どうして、線審が嫌がらせの様に旗を振るのか。とにかく、前半はひたすらに常徳のトラップに嵌まり続けた。

 後半は浦賀も黙っていなかった。向こうのコーチが攻略法を授けてきた。パス主体の攻めからドリブル中心に切り替えてきた。ドリブルであればオフサイドになることはない。そうだよな、そうくるよな。納得だ、そして、楽しみで仕様がなかった。さぁ、どうする、本田 成也ってな具合だ。ちょっとはあたふたするかな、と思ったのも束の間、浦賀のドリブル突破、見出された打開策を本田 成也がこれまでもかと押さえ込んだ。得点の芽をことごとく叩き潰した。ボールを奪い、力の差を見せつけるが如く、フォワードを置き去りにラインを上げる3人。全くもって頼りになるディフェンスラインである。どちらかといえば一対一に弱い細野 正と観月 心。対して本田 成也は人に強かった。迫り来る浦賀のオフェンス陣を実力の差を誇示するように跳ね返し続けた。表情変えず呼吸乱さず。クールという言葉が本田 成也にはよく似合っていた。

 俺だって負けていられない。ハットトリック。1試合で独りの選手が3得点挙げること。俺がやった。浦賀SC戦の前半だけで。細かく言えば前半の12分間で。散々、本田 成也を褒めたんだ、少し位は自慢してもいいよな。攻撃のうまくいかない浦賀を(はや)らせるには十分な得点だった。ちょっと耳を澄ませばヒソヒソ話が聞こえてくる。

「あのワントップ、けっこううまいぞっ。」

「常徳にドリブラーなんていたのか。」

「新入りか。去年まであんな奴いなかったよな。」

(しっかりいましたけどね。)

俺達は格上の相手を圧倒した。常徳応援団の声量は一段階ボリュームが上がり、選手の動きは軽やか、野口コーチも落ち着いて戦況を見守っていた。いい流れといいムードと言うのだろう。特に、周りからは分からなかっただろうが、本田 成也は嬉しそうだった。従兄弟の太田 勝也とは真逆の性格で感情があまり表に出てこないが、全くの無というわけではない。俺が点を決めるとパンッ、パンッ、パンッと3回手を叩き、満足げにちょこっと唇を曲げて笑いを押し殺す。フィールドの外には伝わっていないだろうが、常徳SCの4年は全員気付いていた。本田、凄ェ、上機嫌。加えて思い出されるのは赤松公園でのやりとりだった。俺と本田 成也の。


 夏休み、赤松公園にて。回りには他のメンバーもいた。

「伍代、お前もっとドリブルしていいぞ。」

「んっ?」

「何で常徳の練習でもっとドリブルしないんだ。お前がドリブラーだなんて知らなかったぞ。」

「パスの方がリスクは少ないからな。それに勝負する所はドリブルしているだろう。」

「伍代のドリブルは武器になる。勝也のとは質が違う。それにお前のポジションだったら別にボール取られようがクリアされようが問題ない。もっと仕掛けろ。」

この日の本田 成也はよく喋った。ただ、言い方に俺も少しカチンと来ていたのかもしれない。素直にウンとは言わなかった。

「フォローを待ったりポストプレーの方が良くないか。」

「駄目だし無理だし望み薄だ。」

おまけにちょっと早口で、回りのみんなも興味津々に聞き耳を立てていた。

「へっ?」

「ひとりで2人でも3人でも抜けるようにしろ。伍代ならできる。できなきゃできるようにしろ。」

「おいおい、言っていることが無茶苦茶じゃないか。それができるなら誰も苦労しな―」

「パスが悪いって言っているんじゃない。ドリブルの割合を増やせってことだ。」

「理由は?」

「8人しかしないから。」

この時に俺達の心は決まったのだと思う。

「伍代のドリブル頼みっていう場面が絶対にある。お前の負担が増えることは百も承知だが、やってもらうしかない。他の奴がいつでもフォローできると思うな。独りでどうにかするんだ。」

 俺も引かない。

「ディフェンスは大丈夫なのかよ。人数不足が響くのはそっちも同じだろう。」

「まぁな。ただ、俺達3人だって黙って突っ立っているだけじゃない。覚えているか、野口コーチの話。」

「オフサイドトラップ。」

「そう、やってやるよ。オフサイドトラップ。」

細野 正と観月 心は表情変えず。

「できるのか。ミスったら即失点、それこそリスクが高いんじゃないか。練習だってどこでやるんだ。難しんだろう、ラインの上げ下げ。」

「練習はどこでもできるさ。実際、もうやっているしな。細野も観月も理解が早くて助かるよ。仕組みは2人共分かっている。ん、最終ラインを破られたら?遠藤がいるさ。」

遠藤 行則は微笑みながら頷いた。

「俺のドリブルだけだとさすがに敵がすぐに対応してくると思う。サイド攻撃をしながらだとラインが広がって抜き易い。」

「なるほど。サイド攻撃はサイドハーフの仕事だな。」

「センタリング上げたって、中に人がいなけりゃ意味ないぞ。」

「俺だって前線に上がるさ。」

「大変だぞ。」

「我慢するさ。」

「倒れんなよ。」

「それは分からん。」


 常徳SC対浦賀SCの結果は4-0。完勝だった。常徳の緒戦はまぐれじゃなかった。今年の常徳は何か違うぞ、という空気が会場を覆い始めた。そうだろう、そうだろう。心の中で何度も叫んでやった。快勝の4対0。その4点目を挙げたのは本田 成也だった。中盤までポジションを上げると零れ球に反応し、華麗なミドルシュートを蹴り込んだ。もう絶対気持ちいい決まっているインステップシュートだった。けれども歓声に沸く応援席やチームメイトとは異なり、当の本人は至ってクール。特別喜びもしないのは、ほぼ試合が決まった後のシュートだったからか、照れくさいのか、柄じゃないのか。自分の蹴った球がネットに突き刺さったのを見届けると、ふぅ・・・とひとつ息を吐いた。その時俺と目があった。俺が黙って肩の高さまで右手を挙げると本田 成也もポンと軽く合わせた。静かな静かなハイタッチ。その静寂を壊したのは他のメンバー。俺達を一瞬で囲みグチャグチャにした。本田 成也も嫌な顔はしていなかった。

 次の一戦が正真正銘、事実、決勝戦。常徳と暁星、勝った方が優勝。決勝ラウンドへと進むことができる。

                                                                                    【第五章 公式戦 終】

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