アスタリスク⑤
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同点に追いつかれからの残り10分。常徳SCへの声援が幾らか減った。声量がどこか小さくなった。声は祈りに。手を組み目を閉じ頭を垂れる。願い、想い、希う。勝利と、無事を。
もはや常徳SCがボールに触れられる回数は数える程だった。クリアするかカットするか、キャッチかパンチングか。それ以外は全てグリーンヒルSCがボールを支配していた。グリーンヒルにリスクはない。つまりは失点する危険性が限りなくゼロ。それはそうだ、ワントップの伍代 勇樹もディフェンスに回ってしまっているのだから。パスを繋ぎ、ドリブルで突破し、クロスを上げ、強烈なシュートを放つ。体力が底をついた常徳SCに抵抗するだけの力は残されていなかった。頭の中はほとんど真っ白で、思考能力は限りなくゼロ。それでもボールを追った。人についた。負けたくなかった。負けてもいいや、という気持ちは生まれなかった。ここまでやったんだから、という感情は芽生えなかった。
だからとは言わない。単に運が良かっただけ。祈りが届いたというのは都合の良い誤解この上ない。常徳SCとグリーンヒルSCは同点のまま後半終了のホイッスルを聞いた。歓声と共に拍手が巻き起こり、まるで常徳SCのホームゲームかと錯覚してしまう位、8人のサポーターが大勢いた。
後半終了のホイッスル、それは地獄の継続を知らせる笛。選手も野口コーチも知っていた。これから始まるのはPK戦ではない。前後半5分ずつの延長戦。10分程の休憩後、試合が再開される。もう打つ手がない。でも野口コーチは言ったのだ。同点で帰って来いと。だから帰って来られた。帰りたいと思えた。
「お願いします!子供達の、選手の足の、負担を、少しでも―どうか、手伝って下さい。お願いしますっ!!」
野口コーチの顔は汗と涙でグシャグシャだった。そして早口で指示を出した。
「4年生!全員すぐに横になりなさい。仰向けでっ。3年生!すまないがドリンクを頼む。配って・・・」
言葉に詰まり、一度右腕の袖で顔を拭った野口コーチは横になった伍代 勇樹の両足を脇に抱えて、強めにブラブラと揺らし始めた。それを見た父親達がすぐに真似をする。もう作戦とか戦術とかいうレベルではなく、とにかく何かできることを。正直、気休めにもならないケア。こんなことで疲労が軽くなるはずもない。体力が回復するわけもない。延長戦に向けてフィジカル面でプラスになるとは思えなかった。しかし、想いは届く。消えかけた闘争心は光を取り戻し、心なしか頭がスッキリしてきた。
3年生が、出番はなくただリザーブとして座っているだけの3年生が涙を堪えながら飲み物を配ってくれた。
「頑張って。もう少しです。もう少し、もう少しだから・・・」
どんな言葉をかけたらよいのか分からない3年生。叫び続けた3人の声は枯れて掠れていた。それでも4年生の為に言葉を紡いだ。鼻水を垂らしながら。
どうやら城所 千夏も貰ってしまったようで、目が真っ赤だ。それでも表情は引き締まっていた。10分後、8人は立ち上がった。立ち上がらせてもらった。再び、戦いの場へ。延長戦が始まった。
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