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11人いないっ!  作者: 遥風 悠
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第4章 君達の声を聞かせてほしい

【第四章 君達の声を聞かせてほしい】


 夏休みが明けて1ヶ月。野口コーチはこの時期、この季節が好きだった。変な人だと思われるのが面倒なのであまり人には言わないが、自動販売機の飲み物に『あったか~い』が並び始めるといい大人が高ぶってしまうのだ。運動の後にはやっぱり冷たい飲み物がおいしいが、そうでない時は『あったか~い』のボタンを押す。お茶やコーヒーではない。野口コーチが押すのは『コーンスープ』である。我慢できない時は日に2本、3本飲むことも珍しくない。さらに気温が下がってくると『コーンスープ』がどういうわけか『おしるこ』へシフトする。自販機の表示通りに『あったか~い』では駄目で、素手で持てないくらいに熱すぎるのが好みだった。ただ、この2品を飲んでいる姿を見られるのはどこか気恥ずかしいので、人目につかないように注意は払っているのだが。


 9月の最終週。子供達も規則正しい生活リズムを取り戻した頃。別に何かを意識したわけでも期待したわけでもなく、そもそもこの時、野口コーチは何も知らなかった。その日、野口コーチは練習の締めに3年対4年のミニゲームを指示した。軽い気持ちで久々にやってみるかと。その際、数名の4年生が瞳を底光りさせたのを野口コーチは見逃していた。気配や雰囲気の変化を察することができなかった。もちろん気付いた所でミニゲームをやめるということはなかったが、心の準備はできていたろう。

 後になって振り返ってみれば、4年生のゲームへの入り方が1学期とは異なっていた。それまでは自陣にバラバラと散らばってポジションについていたが、この日は自陣中央に一瞬、すっと集まったように見えた。ただ、円陣を組むわけでも掛け声をかけるわけでもなく、思い過ごしだったのかもしれない。

 ミニゲーム開始直後、ボールを繋ぎゲームを支配したのは3年生だった。相も変わらず上手。この夏休み中に一段と上達した子も見られた。きっと沢山ボールに触れたのだろう。汗をかいたのだろう。けれども流れはすぐに途切れた。そして逆流を始めた。ドリブルで仕掛ける3年生に対して、伍代 勇樹が厳しいショルダーチャージでボールを奪取した。3年生はバランスを崩して転倒してしまったが、反則ではない。伍代 勇樹は一瞬、尻餅をついた3年生を見下ろしただろうか。優しく思いやりがあり、気遣いのできる実力者のちょっとした悪癖だ。ちなみに肩で相手の肩にぶつかる行為はファウルではなく、正当なチャージである。そのことは3年生も4年生も知っているはず。何より審判の野口コーチが笛を吹いていない。プレー続行、試合継続。何人かの3年生が主審に視線を送ったが判定は変わらない。ちょっと予想外の展開に3年生は驚いただろうが、何食わぬ顔で笛を食わえている野口コーチだって内心びっくりしているのだ。同時に期待と興奮が体を駆け巡る。思わずニヤつきそうなる所を必死に押し殺した。淡々と試合を続ける4年生。対する3年生もさすがですぐに集中力を取り戻したが、もしかしたら初めて4年生に恐怖心を抱いたかもしれない。

 「右サイドっ。回せ、回せ!」

太田 勝也の大声に反応した伍代 勇樹がボールを右サイドに送る。受けては横山 順矢。

「中、中っ!センタリング上げてこい!」

この声も4年生。一方の守備側の声は聞こえてこない。心の状態を立て直せていないか掻き消されてしまったか。いずれにしても3年生には動揺が見られた。落ち着いて試合に臨めたのは開始直後の数分だけ。地に足着かず。ショルダーチャージや厳しい口調、4年生の豹変ぶりに度肝を抜かれてしまった。結果、足が体が、口が頭が動かず働かなかった。横山 順矢の力強いセンタリングに対してボールを迎えに行くことができたのは4年生だけ。難なくマークを振り切った本田 成也が押し込んだ。

 これまでだって4年生が得点を挙げたことはあった。ただ今回はゴールまでの組み立て、筋書きがまるで異なった。偶然点数に結びついたのではなく、狙って点を奪ったという感じだろうか。

 余談、ではないが、この一線を境に3年生は4年生に勝つことができなくなった。3年生が上級生に遠慮してとか怖がってということではない。3年生は心身共に弱くない。恐怖心が試合中に垣間見られるならば手を打たなければならないが、むしろその逆。勝負にこだわりを見せる3年生。負けっ放し、やられっ放しで黙っているはずがなかった。多少のラフプレーも含めて全力でぶつかっていた。勝ちにいっていた。4年生が変わったのだ。


 11月下旬、スタンド・アップ。スポーツクラブ主催の大会が行われる。学年毎に1チーム作り優勝を目指す。この大会はいわゆる予選ラウンドで、近隣の4つのクラブで総当り戦を行い、優勝チームが来年の決勝ラウンドへと駒を進めることとなる。ただし、これまで決勝ラウンドはおろか予選でもほとんど勝ったことのない今年の4年生が決勝ラウンドの存在を知っているかどうかは怪しいものだが。ちなみに3年生は過去2大会、決勝ラウンドに進んでいる。決勝ラウンドでの優勝は達成できていないが、予選ラウンドでは1年生の時から負けなしである。小さな大会、言ってみればスタンド・アップ・スポーツクラブ内の身内同士の大会ではあるが、常徳SCの3年生チームは紛れもなくその代の王者なのだ。他のチームから目標とされ、打倒の対象となり、研究されてきた。それでも負けなかった。向かってくる相手チームを打ち負かしてきた。2年間を費やして常徳には勝てないと刷り込んできた。

 一方の4年生だが、過去3回の大会で一体何点取っただろう。その何倍の失点を喫しただろう。引き分けはあるが、まだ勝ちはない。それが夏休み以降一変した。勝ちへの執着と敗北への拒否反応が外から見ている人間にも強く感じられるようになった。だから僕が決めてしまうのではなく、彼ら自身で決断してもらうことがあった。


 初めは伍代 勇樹と遠藤 行則で始めた練習だった。赤松公園に向かって走っている伍代 勇樹を遠藤 行則が偶然に見かけて声をかけた。伍代ちゃん、何してんの?から始まった会話は、じゃあ、一緒にボール蹴ろうよ、で結ばれた。独りではパスの練習もできない。壁にパスを出した所で生きた球は返ってこない。これではトラップの練習にもならなかった。だから一緒に練習しようという遠藤 行則の申し出は伍代 勇樹にとって渡りに船。個人練習がこれほどまでに幅の狭いものだとは思わなかった。独りでできる練習はこんなにも限られたものだったのかと痛感させられている最中だったから。走って、リフティングして、ドリブルのフェイント考えて、おしまい。本気で城所 千夏を誘おうかと考えてしまうくらい。

 実際、遠藤 行則と2人でやる練習はロードワークプラスαのものよりうんと充実していた。バリエーション豊かというか、やりたいことができて楽しかった。満たされた。感謝していた。何の不満もありえないはずだった。これが満ち足りるということなのだろう。これ以上に何かを望むということは悪にすら思われた。けれども欲求、欲望、追求心に探究心。次から次へと湧き上がってくる。2人になると今度は3人、4人と人数が欲しくなってしまった。パス練習や1対1だけでは物足りない。ロードワーク中は思いもしなかった。欲張りだろうか。遠藤 行則の凄い所はそんな伍代 勇樹を見透かしてしまう気遣いという優しさだった。見返り、自己犠牲なんていう言葉も知らない。純粋に相手のことを考えて導き出した答えだった。


 一昔前までは携帯電話やスマートフォンのメモリに番号を登録しておいてボタンひとつで発信・通話というわけにはいかなかったから、電話をかける際は連絡網で番号を調べる必要があった。ま、しょっちゅう遊ぶ友達の番号4、5件なんかは苦もなく覚えていたけれどね。記憶力ではなく集中力、必要性の差かな。今の君たちには昔話に聞こえるのだろうか。

 「伍代も水臭ぇな~。塾のない日は暇だっ()うの。ひとりふたりで何の練習すんだよ。ひとりで走ってる?へぇ~、そりゃ格好いいね~。」

「伍代、気にするな。バカな勝也なりの照れ隠しだ。遠藤から電話があった、赤松公園で練習するから集合、だとさ。随分と嬉しそうにウチへ電話してきたぞ。」

遠藤 行則の誘いにまず応じたのは太田 勝也と本田 成也の従兄弟コンビだった。遠藤 行則が太田 勝也に電話を入れ、太田 勝也が本田 成也に連絡したのだった。直に横山 順矢と観月 心、細野 正の3人も加わった。各人の都合もあるので毎度全員が集まることはできなかったが、気が付くと常徳SC4年生8人の内、7人までが赤松公園の自主練習に参加していた。やりたいことが何でもできた。知らない人達も交えてミニゲームもしたし、中学生の人に教えてもらう機会もあった。会話が生まれた。新しい発見があった。サッカーが楽しくなったし、難しいと思うようになった。サッカーとチームメイトがもっと好きになった。だから試合で勝ちたいと、あくまで練習は試合に勝つためのものだと―

 「伍代ちゃん、あとひとりだね。」

「んっ?」

休憩中、みんなで飲み物を飲んでいると唐突に話が振られた。遠藤 行則の言わんとすることを理解している伍代 勇樹だったから、とりあえず白化くれておいた。すると登場するのが太田 勝也。

「仲間外れはイカんぞ、仲間外れは!伍代ちゃん。」

ニヤつきながら顔を近付けると、その頭を本田 成也がグシャグシャにした。

「伍代、一応声はかけてみろよ。城所さん、まだ辞めるって決めたわけじゃないんだろう。」

大人びた本田 成也が諭した。精神年齢が上というか、まとめ役、兄貴のような存在だった。

「うん、そう・・・なんだけど、さあ・・・」

「伍代が行かないなら、横山が城所ん家にフルパワーでボールを蹴り込むってのは―」

言いかけた太田 勝也のお尻を本田 成也が膝で蹴り上げた。

「俺のコントロールだとボールが10個くらい必要なんだけれど・・・」

横山 順矢もやるようだ。

「分かった、分かったよ。連れてくるっ。」


 ピン・・・・・・・・・ポ~ン。汗だくのまま格好で呼び鈴を押した。何とはなく恐るおそる、ゆ~っくりと。しばらくして、

「はい、どちら様ですか?」

千夏の声だ。

「あ、俺。勇樹だけど。」

別に元気をなくす必要はなかったのだけれど、どこか低い調子で伍代 勇樹が名乗った。

「え、勇ちゃん?ちょっと待ってね。」

対して千夏はぱっと明るい声を上げた。男としてこんなに嬉しいことはなかろうて。直にガチャリと鍵が開いた。

「どうした・・・の。」

千夏の戸惑った理由はその視線から痛いほど伝わってきた。話が早くて助かるには助かるのだが。

「練習してたの?フフ・・・泥だらけ。常徳の練習よりも一生懸命やってたんでしょう。」

すっと腰の後ろで手を組んだ千夏は素直に可愛かった。

「常徳のメンバーで練習してる。赤松公園で。4年、みんないる。千夏、サッカー続けろよ。あとお前だけだ。一緒にやるぞ。」

我ながら随分な早口で喋り倒すと逃げるように帰った。もちろん振り返ることはなかったので、千夏がどんな表情をしていたのかは分からない。



 「4年生はこの後残るように。話があるので―」

「あれ?3年対4年のミニゲームやったっけ?」

太田 勝也の皮肉めいたツッコミに笑いが起こる。野口コーチも苦笑いするしかなかった。長い休みを挟んで記憶の印象は移ろいでも、この短期間で消え去りはしない。時に子供は無邪気で残酷、無礼で非礼だが、太田 勝也なりの優しさだった。紛れもない過去であることを伝えた。

 日々、頭を悩ませてきた野口コーチ。事務所出勤の際には同僚にも意見を求めた。指導者であるお前が先導してレギュラーメンバー11人を選べば良い、という助言がほとんどだった。11人以上いる3年生チームのメンバーはお前が決めるのだろう。それとなんら変わらない。選手選抜も指導者の仕事だ。そんな意見を踏まえたうえで―

 ソワソワ・・・顔を見合わせる。前回の、太田 勝也がネタにした体育館の床に座ったミーティングとは様子が異なった。通されたのは会議室。肘掛のついた椅子に座らされて、ちょっと偉くなった気分だった。4年生全員が着席したのを確認してから野口コーチも席に着き、机の上で指を組んだ。4年生ひとりひとりの顔を・・・・・・全員いる。帰ってしまった子はいない。トイレに行っている子も。開始を待つだけの状況。野口コーチが口を開けば時計の針が動き出す。

 「時間のない人はいないかな。この後用事のある人は―」

言いながら部屋を見回した。手を挙げる者はいない。分かっていたことだ。会議室に来る前にも聞いただろうて。だから皆、ここにいるのだ。

「時間を取らせて申し訳ない。今日集まってもらったのは来月の大会について。メンバーをどうするかについてみんなで決めたいと思う。」

 どうやら集められた理由は予想がついていたようで、驚いた表情を見せる4年生はいなかった。首を縦に動かして反応する子もいた。子供達の心の準備はできていて、変に息む様子もなし。僕の進行を待つだけだった。

 そうそう、忘れる所だった。4年生の変身が嬉しくて先日、織田切を誘って酒を飲んだ。その時に言われたこと。独りでニンマリするんじゃねぇぞ。しっかり褒めてやれ、称えてやれ、認めてやれ。期待を声にして伝えてやれ。喜びを言葉にして届けてやれ。酒の席ということで幾らかくさいセリフではあるが、間違ってはいまいて。照れが影を潜めて大事なことを再確認できるならば、アルコールの力も捨てたもんじゃない。

 「最近の4年生の頑張りは立派だと思う。ミニゲームだけじゃない。他の練習でもしっかりと3年生の手本になっている。このまま続けていこう。」

「さて、今日集まってもらったのは来月の大会のメンバーを決める為だ。規則では3年生のブロックに4年生が出場することはできないが、4年生のチームに3年生を登録することは問題ない。言っている意味は分かるな。」

ひと呼吸入れて、野口コーチがもう一度4年生の顔を伺う。皆、落ち着いて聞いてくれている。理解してくれているようだ。おそらくは次に言わんとしていることも理解できているだろう。

「4年生は全員で8人。11人までは3人足りない。みんなと決めなくてはならないのは、この不足してメンバーについて。白状してしまうと僕だけで、僕の独断でチームを作ってしまうことに不安があった。だからこくして君達に相談させてもらっている。足りない3人、3年生からメンバーを借りて11人のチームを作るか、もしくは4年生だけ、君達8人で大会に出るか。これを決めたいと思う。」

 3年生は誰がこっちに来るんですか、俺達だけでやろうぜ、4年チームに選ばれた3年から文句が出るんじゃないか。そんな質問や意見が出てくるかと幾つかの返答を準備していた野口コーチだったが、会議室は静まり返ったまま。子供達は相談する様子もなく、姿勢も崩さない。

 野口コーチが話を続ける。

「それじゃあ、こういう風に伏せて、他の人が見えないようにしてくれ。自分の気持ち、考えで手を挙げて欲しい。」

野口コーチは机の上で「居眠り」ポーズをして子供達に見本を示した。多数決で結論を出す。どちらの結果になろうとも子供達には一片の責任も感じさせない。これだけは譲らない。誰がどちらに手を挙げたかを確認できるのは野口コーチだけで結果のみを4年生に、後日3年生に伝える。4年生だけで大会に出場しようと、3年生をメンバーに加えようと、何かしらの文句、批判は出てくるだろう。その的はひとりで十分なのだ。最終的な結論を導くのは独りの大人だけでいい。

 週末の夕暮れ時。常徳幼稚園の近くを走る小田急線は混雑し始める時間帯。交通量も増えてくる。飲食店や居酒屋の多い経堂駅付近は徐々に人の往来で賑やかに。もうすぐ帰ってくる子供の為にお風呂と夕食の準備を。

 4年生は黙して野口コーチに倣った。

「3年生からメンバーを借りて11人で大会に出る方がいい、という人は手を挙げて。」

人数を確認してゆっくりと5秒待つ。

「はい、手を下げて。次。4年生だけ、8人で大会に出る方がいい、という人。」

再び人数を数え、ひと呼吸置いた。

「下ろしていいぞ。そしたら顔を上げてくれ。」

結論が出た。4年生の意思が示された。まずは野口コーチへ。それを子供達に還元する。

「今度の大会は4年生だけで出場する。サブのメンバーに3年生は登録するが、試合は4年生8人で戦うことにする。いいな。」

「はい」と声に出して応える子もいれば頷くだけの子もいたが、嫌な顔をする子はいなかった。

 やはりきっかけは夏休みだったかと思う。あまりに好都合な展開を空想するなれば、サッカー観戦が何かしらの刺激になっていて欲しい。いや、試合観戦の興奮が数日感続くことはあっても、さすがに数ヶ月も継続するとは考えにくい。おまけに全員。

 会議室を出て廊下を歩いていく子供達の背中を見送りながら、野口コーチは導かれた結論を複雑な気持ちで消化していた。避けるべき(いばら)の道に4年生を連れて行ってしまうのではないか。半ば強制的に3年生との合同チームを作った方が良かったのかもしれない。その為のやり方だった。自分ひとりしか結果の見えない状況ではそれも可能だった。けれども、全員一致の4年生を前に工作もできなかった。

                           【第四章 君達の声を聞かせてほしい 終】


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