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11人いないっ!  作者: 遥風 悠
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プロローグ

【プロローグ ~ 追懐】


 その頃、日本にプロサッカーチームは存在しなかったそうで。僕はプロとアマチュアの違い、例えば野球選手はプロだけれどサッカー選手はアマチュアで、ゴルファーはプロであると教えられてもいまいち理解できなかった。プロサッカー選手になる為には海外に活躍の場を求めるしかなかったそうだ。野球中継は毎晩のように放送されていたし、試合が終わらなければ、放送時間を延長して僕の見たいテレビ番組を何度も何度も邪魔してくれた。対してサッカーはというと、年に数回程度だったと思う。大人の試合よりも高校サッカーの方が盛り上がっていた。男の子が夢見るスポーツ選手と言えば野球選手。サッカーはマイナーなスポーツとまではいかないまでも、スポーツニュースで毎回取り上げられる競技ではなかった。試合結果や映像が流れたのは高校サッカーと、元旦に行われる天皇杯決勝がいい所。社会人リーグの試合結果を知りたいと思ったら、新聞のスポーツ欄の片隅、小さな文字を追うしかなかった。誰もが知っているスポーツである。けれども沢山の企業がスポンサーとしてチームを支援するスポーツではなかった。1試合で何万人もの客を集められるスポーツではなかった。だって、選手がチケットを配っていたんだから。

 その頃、携帯電話やスマートフォンなど夢の道具。夢にも描けなかったかもしれない。夢がもっと血の通った、人が優しく触れることのできた時代、パソコンが家に置いてある友達はほとんどいなかった。代わりに固定電話は間違いなくあったけれども。インターネットという言葉も、少なくとも僕は知らなかった。家庭用のコンピュータと言えば、そう、ワープロとファミコン、スーパーファミコンだった。特に男子の間ではスーパーファミコンが話題に上らない日はなかった。友達の家へ遊びに行けば必ずと言っていい程スーパーファミコンで遊んだし、ソフトの貸し借りもした。人気ソフトは販売本数が100万本超ということも珍しくなかったし、ソフトの発売日に合わせてワクワクの止まらないコマーシャルが流れていた。ゲームソフトを専門に扱うお店も、僕の家の近所だけでも、3軒あった。僕等の話題の中心はテレビゲームだった。


 みんな色々な習い事に通っていた。水泳、ピアノ、習字に珠算、学習塾に英語教室、図画工作などなど。挙げていけばキリがないが習い事を掛け持つ同級生は多かった。僕もいくつか習い事をしていたが、その内の一つが『常徳サッカークラブ』だった。なんでサッカーを始めたのかなんて覚えていない。お母さんに勧められてということではないようだし、特別サッカーに興味があったというわけでもない。

 今振り返っても『常徳SC』は決して強いチームではなかった。練習は週に1回で日曜日に練習試合をすることもない。サッカーを通じて体を動かすといった風だった。本格的なクラブチームだったらサッカーに限らず、野球でもテニスでもバスケでも、週3日の練習に加えて日曜日は練習試合、というくらいの練習量が一般的か。人数も多いから選抜が行われ、公式戦に出られない子も出てきてしまう。勝つべく、強くなるべく、上手くなるべく。どちらの方が良いとか悪いということではなく、一口にクラブチームといっても選択肢は複数あるのだ。

 『常徳SC』の練習日は毎週土曜日の週1回だった。練習は常徳幼稚園の園庭を借りて行われ、14時から1、2年生の部、15時30分から3、4年生の部となっていた。複数の小学校からメンバーが集まってチームを編成するという点では典型的なクラブチームと言えるだろう。ちなみに常徳幼稚園の卒園生である必要はなく、誰でも参加可能。毎週土曜日の練習以外は年に1度行われる中規模な大会が唯一の対外試合という小さなサッカーチーム。だから人数は少ないし、実力も高いとは言えない。また、園庭を借りておいてこう振り返るのも大変失礼な話だが、狭いグラウンドでは満足な練習は難しい。特に学年が上がれば上がる程。ただ幸か不幸か、滅多に行われない対外試合の為に、その未熟さを痛感させられることはなかった。

 常徳サッカークラブは4年生が最上級生。さすがに園庭で高学年がボールを蹴ったらガラス戸の1枚、2枚は覚悟しなければならないからな。小学校がバラバラで対外試合もなし、小学生ともなれば送り迎えもしないとなると母親同士の繋がりは薄いようだが、子供にそういった心配は無用。小学校が別であれば顔を合わせるのは週1回。時間にして2時間弱にもかかわらず一切の不安を排除して付き合えるというのは、大人には難しいのかもしれない。

 1年生の時は最大で20名以上のメンバーがいた。俺達の代は非常に仲が良かった。A君とB君が仲良しといった感じではなく、いつも皆で輪を作っていた。もしも楽しいとか嬉しいとか幸せとか、そんな抽象的な表現を具体化しろ、具現化しろと言われたら、僕は迷うことなくあの当時の談笑を提示する。今振り返っても輝いていた。

 低学年の頃はゴールキックとコーナーキックの違いすらもいまいち分からないまま、サッカーのルールといえば手を使ってはダメなことくらいしか把握しないまま、迷いなく惑いなくボールを追い駆けた。何も考えていなかった。考える必要がなかった。それが幸せだった。当たり前だと思っていた。嘘、偽りなくサッカーが楽しかった。120分が本当に短かったのを覚えている。


 僕達の代だけではなく、こういった傾向は他の代でも見られることだろう。指導者が毎年頭を悩ませる定番の問題である。2年、3年と進級するにつれてひとり、またひとりとクラブを辞めていく。理由は様々。親の仕事の都合で引っ越することになったり、塾に通い始めたり。他にも学校の友達と遊びたい、家の手伝いの為、サッカーはもういいや、サッカーは女の子のするものではない、等。子供同士でケンカしてとか、コーチに叱られてということもあるにはあるか。前もって連絡があって、最後の日に母親が挨拶に来てという場合もあるし、突然来なくってということもある。2人減り、3人減り、気が付いたら5人減り、数えてみたら一番人数の多かった時から10人減り。グラウンドが寂しくなってからようやく気取るのだ。サッカーは11人で試合をするものなんだと。


 話が暗くなってしまった。

 さて、歴代最強の呼び声が高かったのは僕達の1ヶ下の3年生。代々、真面目な良い子ちゃんだが実力はイマイチと言われてきた常徳SCにあって、彼らは1年生の時から頭角を顕していた。おや、今までとは違うな、と。

 親御さんの熱の入れようは今振り返っても火傷しそうだ。サッカー経験者のお父さんが多かったようで、その血は子に受け継がれる、という訳ではなく、単純にサッカーと向き合う機会が増えるのだ。サッカー中継を一緒に見たり、休日にボールを蹴ったり、もしかしたらスタジアムまで足を運んだり。そうすることでサッカーに関する知識と興味が知らず知らずに蓄積され、サッカーが一層身近な存在へ変化していく。好きなスポーツは、という質問に対して野球でもなくバスケットボールでもなく、サッカーと答えるようになるのだ。ちなみにJリーグ発足以前はスポーツニュースでサッカーの試合結果は流れないし、サッカー専門の番組もあったかどうか。インターネットも普及していない環境下、雑誌、VHS、衛星放送、レーザーディスク等を用いてサッカーに親しんでいる子供の多いチームは強い。サッカー漫画を読んだりテレビゲームのサッカーに熱中したからといってサッカーが上達するわけではないが、興味関心の有無の指標にはなる。それが3年生チームだった。

 対外試合を行わず、地区大会等にも参加しない常徳サッカークラブ。だから3年生がどれくらい強いかを説明するのはちょっと難しい。区大会ベスト4とか、都大会ベスト8といった様な指標がないのだ。それでもちょっと、僕の記憶を引っ張ってこようか。

 常徳SC1、2年生で一緒に練習、3、4年生で合同練習を行うのだが、流れというかムードというか、はたまた野口コーチのきまぐれか、3年生たい年生でミニゲームを行うことがある。3年生からすると上級生の胸を借りてというのが本来の姿なのだろうが、困ったことに4年生は勝てないのだ。中学生、高校生にもなれば先輩に後輩が混じってとか『期待の1年生エース』というのもしばしばん目にするが、小学校の低学年や中学年における1年間というのは大きな差である。肉体的に随分な開きがあり、運動能力逆転は中、高生と比べて小さく、起こりにくい。しかしながら。ゲームを支配し、パスを繋ぎ、ドリブルで1対1の勝負を仕掛けるのは3年生。声が出ているのは3年生、足が動いているのは3年生、勝ってしまうのも年生だった。試合後、4年生に遠慮しながらも満足げな表情を見せる3年生に対してガッカリするでも、悔しがるでも、騒ぎ立てるでもない4年生。何事もなかったように帰り支度をする4年生に野口コーチはさぞ頭を悩ませていたと思う。優しく穏やかで、後輩の面倒みも良い4年生。毎年上級生を怖がる3年生というのが出てくるのだが、僕達の代ではその類の相談を受けたことがなかったそうだ。片付けを率先して行い、ライン引きまで手伝ってくれる(しかもなかなかウマイ)。だからこそ厄介だった、というのが先日の食事会における野口コーチの弁である。

                                

                                                   【プロローグ 終】

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