【778】出会い
「夕夏!準備は良い?」
隣に居る友人が、こちらに大きな瞳を輝かせながら聞く。
「うん。良いけどさ…‥。ここの設定、何とかならないの?もうちょっと人がいる町とかにしたら?」
その設定というのは、ゲームの世界に入る時に最初に行く場所の事だった。友人の提案で、今は《密林の中》にしているのだ。
私が尋ねると、彼女は人差し指を右左に動かしながら「チッチッチー。分かってないねえ、夕夏さん」と得意気に言った。
「こういう人がいなさそうなところから、レベルを少しずつ上げていくんだよ~。そして、レベルがMAXになるかぐらいで町に出てあっと人々を驚かすんだ!いい考えでしょ?大丈夫だって、死なないよ。それに、ゲームだし!もう良いでしょ?ゲーム内に行こうよ」
「…。そんなに言うんだったら、まあ…良いけど……」
「ふふ。ゆーかはやっぱり、優しいね!」
「あかりんが、ものすごい我が儘なだけだよ?」
燈は、少しこちらを睨んだだけで何も言わなかった。どうやら自覚しているらしい。
私と燈はベットに寝そべりカチリとゲーム機の本体を頭の上にをセットした。
二人はその瞬間、ゲームの世界に入ったのだった。
そして静かになった家の中は、カチカチッという時計の音だけが響いていた。
ふと、目を覚ますと設定通り森の中に立っていた。隣に居るはずの、燈がいない。
怖い、怖い怖い……!
たとえゲームだろうと死にたくはない。こういう場所では、獣や魔物が出るから嫌いだったのに。何で燈は居ないわけ!?ほんと、意味わかんない…。
『…っ…‥』
唐突に、この世界でたった一人だけという感覚が襲ってきた。
そのせいか、二つの藍色の目から涙が溢れた。
『誰かそこにいるの~?僕、早く帰りたいからさあ、ね?魔物なら言葉はわかんないから…そうだね〜。早く出てこないと、殺しちゃうよ??』
気付くと近くに誰か三人がいると、メニューの画面のレーザーが反応していた。
『い、今いくから…こ、殺さないで……』
知り合いが一人もいない彼女にとって、今はこれを言うのが精一杯だった。
『こら、クロ!お前のせいで、そこに居る者が怖がって涙声になってるじゃないか!』
『別に本当の事を言っただけだし~!』
『は、これだから最近の若者は嫌なんだ』
彼女はゆっくりと立ち上がった。しかし、周りの茂みが邪魔して何も見えない。メニュー画面の、レーザーが反応している方に、茂みを掻き分けながら歩いて行く。
『や、やっと出れたぁ!』
『え、えぇ?エルフちゃん?』
クロは茂みから出てきた少女を見てそう呟いた。
少女はふわりとしたワンピースを着ているが素足で、非常に小柄なとエルフを象徴する長い耳が目を引いた。
『そうだね。でも、彼女は私の言った通り、《あの世からの素敵な贈り物》のようだよ。ほら、腕を見てみて…』
彼女の腕には【778】と描かれていた。
『本当だ!じゃあ、すごい技とか持ってんのかな?』
クロはそう呟き『ふーん。珍しい種族に会ったな~』と思いながら、彼女をまじまじと見た。クロの『すごい技』という疑問に対して、ハナは独り言のように応えた。
『さあ?エルフって時点で、もうチートだと思うのだが……。強い魔力があるようにオレには見えるね。この謎は、園長の専門分野じゃないか?』
『そうだね~。取り敢えず、幼稚園に帰ろうよ。疲れたしー』
『よ、幼稚園…!?』
素早く夕夏は反応した。
恐らくそれは、彼ら三人幼稚園に通うような身長・喋り口調・顔つきではないからだろう。