第一章 2
2
―ドォーン・・・ドォーン・・・―
遠くから聞こえてくる音で少年は目を覚ました。
「・・・・・・・・・・・・。戦っているんだ、あの人」
ここからはかなり離れてはいるが、少年は確かに感じていた。すると突然少年の部屋へと近付いてくる足音が2つ。コンコン、とドアをノックする音とともにサンドレアスの兵らしき者がドア越しに声を放つ。
「リカルス将軍がお呼びです。至急ブリッジにきていただきたいのですが・・・」
「わかりました。すぐ行きます」
ティルは即答した。すると二人の兵は少し戸惑ったように感じたが
「・・・それでは」
と、結局部屋に入ることもなく去っていった。戦闘は休むことなく続いている。ティルは体を起こし、剣を手にした。服は着替えていたわけでもないのでこのままでいい。少し足元がおぼつかないのは、疲れがとれていないせいかそれとも戦闘の方に意識が集中しているからか・・・。ともかくティルは部屋を後にし、ブリッジへと続く階段を上っていった。
その頃ブリッジでは前線から戻った兵の報告が行われていた。
「そうか、クライアットはよくやっているか」
「はっ。五分の状態から我が軍が少し優勢になったところです」
「ふむ・・・。おい、誰か、この者を医務室へ」
リカルスは戦況を聞くもほどほどに手で兵を呼ぶ。見れば肩からは鮮血が流れ、こめかみの辺りからも血を流していた。だがその仕草をみたクライアットの兵は
「いえ、ご心配には及びません。このまま戻ります」
何者にも変えることはできないその言葉に含む決意をリカルスは敏感に感じ取り、少しその兵の方を見ていたが、視線を上げ短く言った。
「・・・・・・・・。報告、ご苦労であった」
「はっ」
兵士はリカルスに敬礼し、足早にブリッジを去っていった。その様子を見ながらリカルスは
「クライアットのやつめ、よくやりおるわ・・・・」
とクライアットの奮戦を、思い描いていた。しかしリカルスにはこの戦況報告にも、何か素直に喜べない部分があった。それは相手国ブルトスの主力部隊とも言える飛行機部隊の話がでてきていなかったことだ。アレイフィール北東に位置する機械大国ブルトス。アレイフィールに存在する全ての機械技術は、この国から出現していると言っても過言ではないほどの技術を持つ国だ。国の大きさから言えば、それほどでもなく、戦力もさほどではないが、飛行機部隊の足である『翔空船』と呼ばれる船は、世界で唯一空からの攻撃を可能にした、すさまじい威力を持つ兵器だと言われている。
「このまま何事もなく、終わってくれればよいのだが・・・」
ブルトスの飛行部隊が出てくれば、クライアットの部隊もタダではすむまい。今の状況はいい方だがこのままブルトス軍が反撃しないと言うのもありえない話だ。
「やはり、使わねばならないようだ・・・」
そう一人グチっていた時
「将軍、『撃剣』が参りました」
少年、ティル・トーラが大きな剣を背中に背負い、ブリッジの入り口にたっていた。
「いや、すまんな。休んでいるところだったろう」
リカルスは先ほどまでの考えを中断し、ティルに声を掛けた。だがティルは
「休むためにここに来たわけではないですから」
と、意に介した風もなくブリッジに置かれたイスに腰掛けた。
「それもそうだな。ここは戦場だった」
少し揚げ足を取られた格好になり、ばつの悪そうに頭をかきながらリカルスが言う。
「僕が呼ばれた、と言う事はそういう事ですか?」
「・・・・・、いや少なくとも私はそう考えてはいない」
妙な含みのある言い方に、ティルが訝しげな表情でリカルスを見つめる。すると
「『撃剣』の、いや、ティルくんの意見を少し聞きたいと思ってね」
「意見・・・ですか」
リカルスは自分でも「今さら何を聞くつもりなんだ」と思っていたが、実際このような年齢の少年を戦地に送り込むことは極力避けたいと思っていた。上が調査済みだと言う事も、そうしないとクライアット達は敗走を免れないだろうと言う事も、全てわかってはいるつもりであるし、指揮官として決断しなければならないとき、上の命令に従わなければならないときもある。だが人間として、一番根っこの部分で、何か踏み切れないものがあるのだ。
「(つくづく俺は甘ちゃんらしい・・・)」
自嘲気味に呟きながら、ゆっくりと話し出す。
「今我々が戦っている相手をご存知かな?」
「蒼い風、がいるところですよね。噂は聞いた事があります」
「蒼い風?それは一体何だ?」
聞きたことがないフレーズが出たので、リカルスは取って返すように聞いた。しかしティルの方は聞き返された事に驚いたようで
「い、いえ。僕も詳しくは分かりません・・・」
と答えを濁した。リカルスはその話をもう少し詳しく聞きたかったが、今はそんな話をしている場合でもないので話を進めた。
「・・・・、相手国はブルトスという機械大国だ。まぁもちろん知っていると思うがね。そして我々の国、サンドレアスとはセント・ウィン海を隔てて隣国にあたる。そのブルトスの主力部隊というのは翔空船と呼ばれる空を行く船だ。・・・これは知っていたか?」
「見たことはないですけど・・・」
「ふむ・・・」とリカルスは頷いた。さすがに各戦地を飛び回っている、という噂通り、各国の戦力の状況などはある程度頭に入っているらしい。リカルスは続ける。
「今前線でクライアットが戦っている。昨日ここにいたやつだ。先刻ほど前線から連絡があってな、我が軍が優勢に進めているらしい。普通ならここで喜ぶべきところなんだろうが・・・」
「そうもいかない理由があるんですね」
「うむ・・・」
思案げに顎を触りながら頷くリカルスはさらに
「『撃剣』よ、君も来ると思うかね?」
「ええ、来ると思います。この状況を一撃の下に打破する方法が向こうにはありますからね」
全てを見通したような答えにリカルスは少し呆然としていたが、すぐに自分を取り戻し、ティルに聞く。
「その方法、聞かせてはもらえるのだろうか?」
先ほどの蒼い風の話の時もそうだったが、ティルは事の真相を話したがらないように見えた。ここで彼の機嫌を損ねるのもこれからの作戦に支障を来たすかもしれない。リカルスは努めて下手に出るように尋ねる。数秒の時の中、沈黙がブリッジを包み込もうとしたその時、ティルが口を開いた。
「逆風です。これから昼になるにつれ風が変わります。その時、来ると思いますよ」
「ま、まさか、『極風』が吹くのか!?し、しかしいや、そうか・・・・」
ティルの答えは予想外のものであったが、確かにそれを使えばこの状況を打破されるような大きなものになりえるかもしれない。しかし相手は自然をそのまま使えると言うのか。それにこちらの軍では、そのことが予想できたとしても、どうする事もできないではないか。再びリカルスが考えの世界に入る前に、目の前にいるティルはごく自然にこういった。
「僕が・・・でましょうか?」