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彼女は王妃を目指してる  作者: 水月 裏々
番外編:彼女が王妃を目指す前
8/9

宰相と侯爵(後)

 前王の時代に急激に拡大した国土。それにより、即位したての青年王に押し付けられそうになった、いくつもの縁談、貢ぎ物としての女達。

 けれど新王ダリウスは全てはねつけた。


 王子のときからどんな女だろうと理由がなければ一夜限り。本来の少年ぽい気質と反対に、若い王には酷く冷淡なところがある。

 男だろうと女だろうと、一度懐に入れればどこまでも深く信頼し、心を開き裏切らずに信じ切るくせに、恋を知らない哀れな国王。


『恋? 叔父上は知ってるのかよ。来るもの拒まず去るもの追わずの叔父上が、あの王宮で育ったあなたが。権力に群がるような女共なんて、わかってんだろ。願い下げだ』


 彼が子供の頃から王宮にいた奴隷のような大勢の亡国の王女や令嬢、父王の側に侍る女たち、幼い王子にすら念の為に取り入ろうとする美しい顔の裏の醜い心根。

 息子が生まれる前からダリウスの母は何人もの愛人を作っていた。


 五人目の王子、王の従妹姫の息子、父親知れずのダリウス王子。


 彼が幼い頃、ひねくれているとはいえ何の打算も無く、まともに愛情らしきものを注いだのは一番下の叔父リュファスとその友人オーバンだけだった。


『おじ上、オーバンっ! わたしのオヤツをとったな』

『あなたが綴りを間違えるたびにひとつずつ貰っていたのですが、菓子が足りなくなるほど間違えるとは驚きです。自国語すら書けないのですかあなたは』

『なっ!』

『まあまあリュー、片手で数えられるような年齢の甥っ子をイジメるなよ。次はもっと多めに菓子を用意してもらおう』

『たべないってかんがえはないのか!』

『『ありませんよ』』


 玉座から遠い聡明な末の王子と、目立つことを嫌い、自らの才を隠して控えめに生きる末の王弟。


 国は彼らの手の届かないところで動いて、沈んでいくと思っていたのに。

 なのに彼らの親族は戦火でことごとく死んでいき、反比例のように国は勝ち進んだ。


 そうして覇王の崩御の後、最後の王弟とその親友はただひとり残った王子を王に押し上げた。


 それから八年近く。

 王宮の人間の整理は終わった。国もだいたい安定した。


 だからリュファスは思ったのだ。


 国のために苦心する女性不信気味の若い王に、心を許せて安心して愛せる妃を与えてやりたい。


「ですからオーバン、あなたの娘をください」


 リュファスの唯一の友人は嫌だとは言わなかった。でも簡単に頷きもしない。その目は眼下の広場を見ている。

 そういえば彼の娘の様子はどうだろうか。


「…………賭けをしようよ、リュー」

「賭け? 何を賭けるのですか。それに、そもそも、あなた一度も賭けで私に勝ったことがないでしょう」

「うん。だから」


 オーバンがゆるりと顔を上げた。その理知的な顔が心なしか青ざめている。


「君は僕の娘が今日を勝ち残る事に賭けて。僕、今日で落ちるほうに賭けるから!」

「たった今落ちることが決定したような顔ですが」

「滑っただけだ。まだ望みはある」

「絶望的だと顔が語ってますが」

「気のせいだよ!」

「……で、何を賭けるのですか」


 二人の視線がつかの間お互いの双眸に突き刺さって止まった。


「君が勝ったら娘は陛下にあげる。でも僕が勝ったら君がなんと言おうと君に嫁がせる」

「いいでしょう」


 王と似た形の唇が鮮やかに弧を描く。


「三日目まで残るに賭けますよ」

「二日で落ちたら?」

「引き分けですから、そうですね…………あなたの寝室にある奥方の絵姿を私と陛下の絵と取り替えましょう」


 オーバンの顔が確実に青ざめた。


「え、何それ拷問……」

「失礼ですね、ただの嫌がらせです。やめますか? おや、舞台が騒がしいようですが」

「乗ったぁ!」


 オーバンの娘は奇跡的に三日目まで残った。


 三日で落ちたというのに、我が事のように酒場で小躍りする友人に、リュファスは引きつった笑顔で今後の計画を語る。


「来月ダリウス陛下主催の夜会があるのは知っていますね」

「ああ、あのたまに君が無理矢理開かせてる『陛下のお妃様を選びます』夜会? 実際は君が令嬢の動きを通してコソコソその父親とかを探ったりしてるアレ」

「まあソレです」


 テーブルの上でクルクル踊っていたオーバンは嫌そうにリュファスを見下ろす。


「それに僕の可愛い娘を出せって?」

「そうです。ひと月あればドレスも宝石も準備できるでしょう」


 ついでに恥ずかしいから下りてください、と宰相はひと言つけ加えた。どこの酔っぱらいだと注目を浴びるのがイイ歳した領主と王族なんて、考えるだけでも嫌すぎる。


「わかったよ……でも陛下のお目にとまるかな」

「そこでダメだったら次があります」

「ヤル気だねえ。お見合い好きのオバ……じゃない、ご婦人みたいだよ」


 よっこらせ、とテーブルから下り、侯爵はぽんと友の肩を叩いた。とりあえず。


「僕は娘が幸せになれるなら何でもいい、王宮なら毎日だって会えるしね。がんばれよ」

「帰るのですか」

「うん。僕の可愛いルアンヌを屋敷で迎えてあげなきゃいけないだろ」


 踊るような足取りで去っていく友人を見送ったリュファスが、酒代を押し付けられたことに気付いたのは、その背が見えなくなって少したってからのことだった。


「お客さん、お勘定」

「…………」




 そうして、ひと月後に無事ルアンヌとダリウスは出逢い、調子に乗った宰相はルアンヌを甥のベッドに放り込んだ。

 なにもかも全ては宰相の思い通りに進み、一年も経たぬ内に国は王妃を得ることになったのだった。



「めでたしめでたしってね。……うぅ」

「結局泣くんですか。やめてくださいうっとおしい」

「友達がいのない男だな。こんな男に娘を渡すんじゃなかった」

「あなたが娘を渡したのは私の甥であって私じゃありません」

「君が鬼畜だから悪いんだー!」

「人のマントで鼻かむんじゃありませんよ。左遷しますよ!」

「サイテー……!」

「黙らっしゃいっ」


 ギャーギャー小声で言い合っている間も式は進む。


 国の重鎮二人の子供っぽいケンカは、王妃誕生の歓声に紛れて大空へと消えていった。


2/21 誤字修正いたしました。

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