オマケ
その日、ティタニア王国の大聖堂では、とても喜ばしく大事な儀式がおこなわれていました。
宰相様やお父様を初めとする人々の注目の中、宝冠を被ったダリウス様は、神官様から小ぶりの冠を受け取り、厳かに口を開きます。
「第二十九代国王、ダリウス・ランベール・アナクレト・ベルジュ=ティタニアの名において、エイメ侯爵家の娘、ルアンヌを王妃に立てることとする」
その足下に跪くわたくしは、すっと顔を上げました。そして口を……口を……パクパクさせます。
胡乱げな紺碧の瞳が、わたくしを見下ろしました。
あの目はこう言っています。セリフ忘れたのか、と。
いえいえいえ、まさかそんな。えーと、うーんと。
はっ、思い出しました。
「……わたくしルアンヌはこれより先、自らより国民を思い、たとえ辛く困難なことがあろうと一人一人に寄り添い、決して裏切りはいたしません」
王妃の誓い、すなわち王との婚姻の誓い。
でも、やっぱりこれだけでは味気ないですね。ひと言付け足しましょう。ええと、そして――
「そして、何よりダリウス様を夫とし、信じ、支えはげまし、永遠に愛することを宣言します」
後ろの参列者さん達が、かすかにざわめきました。何人か噴き出した気配もします。感動したのですかね。
視線の先のダリウス様は、なんとも言えない顔をしていました。あ、ため息はダメですよ、おめでたい日ですからね。
とにかく言い終わったら、最後は誓わないといけません。ビシッと決めましょう。美しく!
「唯一のお方を主神とする、この世の数多の神々には、この心の終生変わりませぬこと、ここに誓約申し上げます」
両手を胸に当て、再び頭を下げました。
ダリウス様がそっとわたくしの頭に冠をのせます。そして離れぎわ、ささやき声が聞こえました。
「本当に……いろいろと台無しな予感がする王妃だな……もういい、愛してる」
振り返ったわたくしの前で大聖堂の扉が開けば、国民の歓声が滑り込んできます。
聖堂の中でも祝福の声が上がりました。
しくしく泣いているお父様にマントをハンカチ代わりにされて、笑顔で足を踏みつける宰相様が見えます。仲良しです。
相変わらず女性達の熱い視線を浴びる英雄の兄弟も、彼らには興味なさそうにお兄様に寄り添う美人のお義姉様も見えます。
歓声、歓声、大きな祝福!
隣ではダリウス様が、わたくしに手を差し出しています。この次はなんでしたっけ。
「ほら、行くぞ。お披露目だ」
「…………はっ。そうでした、参りましょう!」
純白のドレスに、黄金の冠。わたくしの髪は茶色いので、残念ながらダリウス様のように冠に同化しません。
それでも、いつかこの宝石だらけで重い冠が、わたくしに似合うようになるのでしょうか。
「王と王妃に祝福を!」
「ティタニア王国ばんざい!」
「お幸せに!」
……わたくしは、こうして王妃になったのでした。
*・*・*
一年半後――。
「ルル」
二ヶ月程前に生まれた息子を見つめていたわたくしは、その聞き慣れた声に振り返りました。…………わたくしをルルと呼ぶのは一人だけです。
ルアンヌですから、ルアとかルンとかルヌだと思うのですけれど。余分のルはどこから出てきているのでしょう。
「ダリウス様。お仕事が終わりましたの?」
「なんとかな。……また夜になっちまった。あの凶悪宰相、ドカドカ仕事を運んできやがって」
ダリウス様はだいぶ不機嫌です。そんなにあの宰相様は凶悪なのでしょうか。
でもダリウス様は、わたくしのお父様まで凶悪だっておっしゃるのです。だからきっと誤解ですね。
紺碧の瞳がムッとしたような顔のまま、眠る王子の顔を覗き込みました。この子の瞳は、残念ながらわたくしと同じつまらない茶色です。
髪の色は金髪になりそうなのに。
「こいつの顔も、寝てるとこしか見たことねえ。喋るようになって、『僕の父上って誰ですか? 顔も見たことないんですけど』とか言われたらどうしよう」
「……どうしようって言われましても」
どうしようも無いと思うのですが。
でも、それはちょびっと困りますね。どうしましょう。
親子の間にミゾがあるのはよろしくありません。親睦を深めなければ。
「親睦、親睦……。お散歩とかでしょうか?」
悩むわたくしに、ダリウス様は笑いました。
「じゃあ、頑張って日が出てるうちに仕事を終わらせたら、ご褒美に一緒に散歩してくれるか? 王妃様」
「まあっ。この子も一緒にですのね」
素晴らしいお誘いです。わたくしも、にっこり笑いました。
お部屋が微笑みであふれます。
「楽しみにしてますわ」
「ああ」
ダリウス様が、少し、眩しそうなお顔で頷いてくださいました。
――――ああ、わたくしは、幸せです。
わたくしは、王妃に……いえ、ダリウス様の妻になったのですから!