5 ダリウス様のお願い
ちょっと長いです
わたくしが側女として王宮に滞在しだして、早一月。
陛下……ダリウス様とも、だいぶシンミツになりました。
ダリウス様は毎日わたくしとお話する時間を作ってくださって、先日はついに名前で呼んでも良いとおっしゃってくださったのです。
毎日お話しているうちに、いろいろと分かったこともあります。
ダリウス様の好きな食べ物とか、ダリウス様の嫌いな食べ物とか、苦手な食べ物とか、嫌いな大臣さんとか、結婚できなかった理由とか、国の問題とか。
ああ。ダリウス様が結婚できなかった原因は、即位前はともかく、即位後は、我が国の英雄でもある近衛騎士団の団長様と、副団長様にあるようなのです。
即位前はなんだったのでしょう?
ともかく、団長様と副団長様は兄弟で、お二人とも――性格、外見共にまったく似ていないのですが――この世のモノとは思えないほどの美形さんだと評判です。
そういえば夜会で会ったあの人外美少年さんが、実は二十歳で英雄兄(近衛騎士団副団長)のほうだったらしいのです。
弟英雄様にもお会いしましたが、優しげな長身の美青年で、本当はこちらがお兄様なんじゃないかと思ってしまいました。
まあ、そんな中身も外身も人外な美形さんが二人も近くにいるものだから、ダリウス様に寄ってくるのは王妃という座目当ての女性達ばかり。
そしてその方々も、側に英雄様がいれば、ぼおっと見とれ、気を引こうとする始末。
わたくしは、そのお話を聞いた時、ダリウス様が可哀想でなりませんでした。…………ダリウス様の子供っぽい性格は、誰も構ってくれなかったからに違いありません。
確かに英雄様は二人とも恐ろしいほどの美人さんですけれど、ダリウス様だってかなりの美形さんだし、優しいし、一緒にいると楽しいし、たくさんお話してくれます。
わたくしは、このひと月でそんなダリウス様が、大好きになりました。
だから、わたくしはダリウス様に言ったのです。
『わたくし、ダリウス様のお母様も目指すことにいたしますわ』
ダリウス様はなぜかとても嫌そうな顔で、「なんでそうなる。やめてくれ」とかおっしゃいましたが、わたくしはそれから(勝手に)悪女さん兼お母様を目指すことにしたのです。
それなら、ずっとダリウス様の側にいられると思って。
そんなわけで、わたくしは今夜もベッドに座り、ダリウス様に向かって微笑みます。手招きと一緒に。
「ほ〜ら、お母様ですわよー」
ダリウス様は、いつもこの広いベッドの端っこで寝ているのです。ちょっと遠いです。なんででしょう。
まるで真ん中で寝るわたくしを、避けているようです。……………昼間にお会いするときは、気軽に手を取ったり、抱き寄せたりするくせに。
ダリウス様のベッドなのですから、真ん中で寝ましょうよ。ね?
お母様ということなら、もっとわたくしの側で寝てくれるかもしれません。――ということで。
「ほらほら、一緒に寝ましょう」
「お前な……。毎日毎日聞いてるような気がするが、俺をいくつだと思ってるんだ」
「二十八歳ですわよね」
「そうだよ」
ベッドの横で立っているダリウス様が、深いため息を吐きました。
「お前は十六だろ。俺と叔父上より歳が離れてるだろうが」
「お父様が幼妻を貰ったと思えば良いのです」
いつもなら、ここで「なんでだよ! ほら、もう寝ろ」とか言いながらわたくしをベッドに押し込めるのですが、今日は少し様子が違いました。
「……どうしても、母親が良いのか?」
真剣なお顔で聞かれました。
悪女さんなお母様は、どうしても嫌なのでしょうか。
仕方のない方です。
「どうしてもと言うのなら、悪女さんなお姉様でも良いのですが」
「どんなオネエサマなのか少し気になるが、そうじゃない」
では、なんだと言うのでしょう。
妹は嫌ですよ。わたくし、もうお兄様がいるのですから。
ハッ、でもお姉様ということは、わたくしのお兄様まだ十九歳なのに、二十八のダリウス様に「ヤァ、弟よ」とかって話しかけなきゃいけないんでしょうか。……お姉様はやめましょう。
ん? じゃあお母様の場合は?
「おいっ、ちゃんと聞け」
わたくしが一瞬目の前のダリウス様のことを忘れたのが分かったのか、ダリウス様がわたくしの頬をつつきます。
「あ、はい。ちゃんと伺いますわ」
「本当に聞けよ」
そう言ってダリウス様は手をおろし、また真剣なお顔になりました。
「お前、正妻……王妃になる気はないのか?」
「おうひ?」
ポカンとしてしまいました。王妃、王妃……。
なにか、聞き覚えがあります。
わたくし、悪女さんになるためにここに来て……。いえ。そもそも、なんでダリウス様を誑かす悪女さんになろうと思ったんでしたっけ。
ええと、え〜と、確か――。
王妃になるためでしたっけ。
王妃! わたくしはカクカク頷きました。
「あります! ありますわ! わたくし、そもそもそのために夜会に行ったんですわ」
「…………やっぱり元々は目指せ悪女じゃなくて、目指せ王妃だったんだな」
ダリウス様は一つ疲れたようにため息を吐き、微笑みました。
なにを言おうとしているのでしょう。
「まあ、それなら都合がいい。お前、俺が好きか?」
「もちろん……」
大好きです! と頷こうとして。
トクン、と心臓が鳴りました。
綺麗な紺碧の瞳が、真っ直ぐにわたくしを見ています。深く考えてから答えを言え、と。
ダリウス様が好きか……。
いつも優しく、楽しい、子供みたいなダリウス様。
でも、わたくし知っています。
そんな『本当のダリウス・ティタニア』を知っている人数は、両手の指の数にも満たないこと。
人々が望む立派な国王ではない、本物のダリウス様が安心して接することのできる人。
その十にも満たない人数に、わたくしは入っているのです。だから――。
「好き、ですわ」
だから、わたくしが好きなダリウス様は、『本当のダリウス様』。……なんだか、わたくしがダリウス様の『特別』みたいな気になってきてしまいます。
わたくしは、にへっと笑いました。
「好きですわ。好きです。大好きです!」
「そ、そうか。ありがとう」
熱烈な告白に、ダリウス様がたじろぎますが、わたくしは構わず抱きつきました。
「大発見です! わたくし、『本当のダリウス様』が好きなのです!」
「……大発見なのかよ」
「大発見ですわ。……陛下は?」
抱きつかれた陛下が、わたくしの腰と背中に腕を回しました。
「そうだな。俺も、好きだよ。なんでそうなったのかも、お前の好きが俺と同じなのかも分からないけど……」
ぎゅっと抱きしめられます。……好き? 陛下も、わたくしを?
し、心臓が危ない動きをしています。
嬉しいんだか、苦しいんだかわかりません。
ワタワタしていると、ダリウス様が、さらに衝撃的なことをおっしゃいました。
「結婚してくれ。……王妃になったら絶対苦労する。十二も歳が離れてるし、王妃としての責務もある。それに、この国には変な英雄兄弟やら凶悪宰相やらがいるんだ。苦労しないワケが無い。それでも、頼む。たぶん俺はお前にいてほしいんだ。……結婚してくれ」
なっ…………ななななナンデスッテ!?
結婚!? 二回も言いましたよ。結婚。
どうする、わたくし。頷けば王妃様です。
迷う必要なんてありません。国王陛下を誑かして王妃様になるのが目標だったのですから、頷けばいいのです。頷けば。……でも、いつの間にわたくしダリウス様を誑かしていたんでしょう。悪女さんになれていたのですね。
わたくしは、抱きしめられたままダリウス様のお顔を見上げました。か、顔が熱いです。
熱のこもった真摯な紺碧の瞳に、マヌケ面のわたくしが映っていて……。ちょっと、後悔しました。
見なきゃよかったです。頷こうとした頭が、止まってしまいました。
「え、ええっと〜」
「ごまかすなよ。嫌なら嫌と言え。添い寝娘はもういらない」
いらない。それは困ります。
わたくしは慌てて首を振りました。しっかり縦に。
「しますします。結婚しますわ!」
「よし。……後悔しても、もう放さないからな」
ダリウス様が嬉しそうに笑って、わたくしに口付けを落とします。
わたくしはフフンと笑いました。……放さないですって?
「望むところですわ!」