3 陛下のお願い
わたくし達が会場に――テラスではなく、大扉から――入ると、ちょうど陛下の到着を告げる声がしました。
なんという偶然でしょう! 神様はわたくしにお味方してくださっているに違いありません。
慌てて少し背伸びをして奥の扉を見ますが……陛下? どこでしょう。見えません。
ザワッと困惑したように空気が揺れました。
そして、視線がこちらに集まると、人々が道をあけ、一斉にこうべを垂れます。
しいん……と静まり返っています。
アラ不思議。わたくし達の目の前に、玉座のある一段高くなった場所までの道がひらけました。
もしや後ろに陛下がいるのかと、振り返ってみますが、誰もいません。
「皆さんどうなさったのでしょう? 陛下は?」
首を傾げて、隣の男性を見上げると、男性はニヤッと笑いました。
わたくしの耳に顔を近づけて囁きます。
「陛下を誑かす悪女さんになるんだろ? ほら、行くぞ」
ま、まさか……。
行くぞって言われましても、無理です。足が動きません。
このお方は、まさかまさか。ましゃかっ!
「こっこっこ」
「ニワトリかよ。そうだよ、俺がこの国の主人だよ」
や、やっぱり国王陛下でしたのね!!
力が抜けて、へなへなと座り込みそうになったわたくしを、陛下が腰に片腕を回し、支えます。
「おい、大丈夫か? 自称悪女のくせに、腰が抜けたのか……仕方ない」
耳元でため息つかないで下さい!
わたくしは抗議しようとしましたが、その前に足がふわっと浮きました。
気づけば腰に回っていた腕は膝の裏に、もう片方の腕は背中にありました。いつの間に。
陛下はわたくしを抱き上げたまま、玉座に向かって進みます。足が長いのでしょうか、速いですね。
そして「顔を上げよ」と言うと、そのまま玉座に座りました。……わたくしは膝の上です。
人々が頭を上げ、ぎょっとしたような視線がわたくしに集まりました。
な、なんだか怖いです。
でも、この状況では動けません。
注目の的ですね!
陛下の顔を見上げると、ほんの少し口角を上げています。
国王の顔、というものでしょうか。なんだか今までと違う顔で、威厳がある、ような気がします。
陛下が口を開きました。ゆったりと。
「よく、集まってくれたな。ゆっくり楽しんでいってくれ。…………ああ、だが、この夜会は私の妃を決めるためのものだったか」
そこで陛下はわたくしの片手を優しくとり、口に近づけました。
そして、冷たく笑います。
何でしょう。お顔は怖いですが、とても楽しそうに見えます。
「――――妃になりたいのなら、せいぜい可愛く囀って、私の機嫌をとることだ」
な、何なのでしょう……。何だかわたくし、皆さんに睨まれているような。
ハッ、睨まれる? もしやわたくし、悪女さんに見えるのでしょうか!
わたくしは、悪女さんらしく微笑んでみました。
こんな感じですかね。
せっかく頑張って微笑んでみたわたくしですが、残念ながら陛下の合図で曲が始まり、皆さん動き出したので、誰も見てはくれなかったようです。
「…………これから、あいつらたぶん全員挨拶に来るんだよな。面倒くせえ」
わたくしの手を放した陛下が、心底嫌そうにつぶやきました。すっかり国王の仮面が剥がれ落ち、さっきと同じ、ちょっと子供っぽい顔です。
王様も大変なお仕事なのですね。
邪魔をしてはいけないと、わたくしは、陛下に小さく頭を下げました。
「あの、わたくしもう歩けそうですわ。ありがとうございました」
よっこらせ、と陛下の膝からおりると、陛下が素早くわたくしの手首を掴みました。
強くではなく、そっと。
「待て、一緒にいてくれ」
「はへ? どうしてですの?」
「そりゃもちろん、俺が侯爵にイジ……ゲフンゴホン。いや。お前、俺を誑かす悪女さんになるんだろ? だったらほら、側にいねえと」
パチパチと瞬きます。
忘れていました。わたくし、目指すはただの悪女さんではなく、国王を誑かす、とっても悪ぅ〜い悪女さん、なのでしたわ。
「そうでしたわ。でも誑かすって、どうやれば良いんでしょう」
陛下がヘンなお顔をしました。
「それ、誑かす本人に聞くことじゃねえだろ。……あーっ。ほら、まず、こんな感じでくっついて。自分からくっついてるようにだぞ」
陛下がわたくしの手首を放して、腰を引き寄せます。
またお膝の上ですね。さて、悪女さんらしいカンジはどう出せば良いのでしょう。
「うーむむ」
「大人っぽく、色気たっぷりに笑ってみろ」
「う〜むうむうむ。こんな感じでしょうか?」
うふっと、さっきの悪女さんらしい(ような気がする)微笑みを浮かべてみましたが、陛下はガックリしたご様子です。
ダメでしたか?
「……………やっぱり無理だな。諦めろ。ほら、扇子を開いてごまかせ。悪女さんになりたいなら、絶対喋るな、笑うな、気が抜ける」
「わかりましたわ。頑張ります」
コクコクと頷いて、扇子を開いて顔を半分隠しました。
そして、素早く国王の顔になって、挨拶をしに来た方々を冷ややかに見下ろす陛下に、できるだけくっつきます。
ジロジロ見られて、ちょっと恥ずかしいですが、これも悪女さんになるためです。……アレ? 悪女さんが目標でしたっけ。なんだか違ったような気もしますが、自信がありません。
とにかく、そんなこんなで陛下にくっついて、ついでになぜか陛下とダンスまで踊って、わたくしの初めての夜会は終わったのでした。
とりあえず、陛下とは仲良くなれましたから、良かったのでしょうか。ええ、きっと、たぶん。