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彼女は王妃を目指してる  作者: 水月 裏々
本編:わたくしが王妃になるまで
2/9

2 少年のお願い

「ふざけないでください」


 私の隠れた木の向こうで、小さいほうの人影が、淡々とした口調で言いました。

 黒髪で……ずいぶんと綺麗な声ですが、わたくしより少し年下の少年でしょうか。


「嫌だ。行きたくない!」


 大きいほうの人影が言います。金髪の、こちらは大人の男性のようです。

 台詞は子供みたいですが。


 どうも小さなほうが、大きなほうを叱っているようです。


「少しは俺のことも考えてください」

「嫌だ。笑顔で寄ってくる貴族たちが気に食わん。それに、お前と一緒に行くと、視線がみんなお前に向くから」

「だったら、俺じゃなくてエストにすれば良かったじゃないですか」


 なんでしょう、痴話喧嘩でしょうか?


 しかしエストというのは、前王陛下の版図拡大戦争の、『最後の英雄兄弟』の弟英雄様の名前だったような。


「エストだともっと酷い! ついでにニッコリ微笑みやがるから。お前は無愛想でチビなぶんまだマシだ!」


 シュラバ……じゃ無いですよね?


「身長は関係無いでしょう。俺だって、宰相に頼まれて仕方なく付き合ってやってるんです……ん?」


 あら? 小さなほうの人影がこちらを見ました。

 なんでしょう。ばれたのでしょうか。


「誰だ?」

「う……」


 バレました。本当にバレました。良い子は喧嘩の覗き・立聞きをしてはいけません。

 わたくしはおずおずと木の後ろから出ました。


 そのままお二人に近付き、頭を下げます。


「ごめんなさい。シュラバとは知らず、立聞きをしてしまいました!」


 はっ、シュラバ断定してしまいました。

 大きなほうの男性が、ゴブッと変な声を出します。


 小さなほう――といっても、わたくしとほとんど同じ身長ですね。女性なら平均的な身長――は冷静です。


「修羅場じゃなかったら、立聞きしても良いのか?」


 こてんと首を傾げて聞かれました。


 無表情ですが、とてもとても綺麗な少年です。なんというか……存在するのがありえないほどの美人さんです。

 でも、なぜ騎士服を着ているのでしょうか。


 わたくしは、しばしポカンとして、彼を見つめてしまいましたが、大きなほうの男性の声で我に返りました。


「違うだろ!? ツッコミどころはそこじゃねえ! 修羅場じゃないから!」


 わたくしは目を転じました。


 こちらの男性も(人外っぽい少年には負けますが)中々の美形さんです。長身で、精悍な顔立ちをしています。

 ……しかし、やはりシュラバではなく、ただの痴話喧嘩だったようですね。良かったです。


「そうですわよね、申し訳ございません。でもせっかくの夜会ですのに、痴話喧嘩はいけませんわ」


「なんでそうなるんだ。痴話喧嘩でもない、俺は夜会になんて行きたくないんだ。なのにこのチビが」


 チビ呼ばわりされた少年が不機嫌そうな視線を投げますが、男性は気にしません。


「行けってうるさいんだ」


「まあっ、いけませんわ。それは夜会って人が沢山いて、酔ってしまいますけど。美味しそうなお料理もありましたし、綺麗なお嬢様方もいらっしゃいます。国王陛下だって…………ああっ!!」


 いきなり大声を出したからでしょうか、男性が半歩下がりました。

 しかし気にする余裕はありません。


「わ、わたくしったら、すっかり忘れておりましたわ! とっくに会場に陛下がいらしてたらどうしましょう。他の方に先を越されてしまいます。早く戻らなくては」


「先を越されるって……。え、お前、まさか王妃候補なのか!?」


 男性の言葉に頷きます。


「ええ、そうです。わたくし陛下を誑かさなくてはならないのです! 目指すは悪女さんなのです!」


「悪女……さん? 陛下を誑かす? ……いや、ぜってえ無理だろ……しかもそれ、目指すは悪女じゃなくて王妃だろ……」


 男性は何かブツブツ呟いています。

 ハテと思って綺麗な少年を見れば、彼は長い指で男性を指差しました。


「会場に戻るのなら、アレを連れて行ってもらいたい。ついでに出て行かないように見張っていて貰えると、助かるのだが」


 わたくしはにっこり笑いました。

 人のお願いは、なるべく断りたくはありません。


「ええ。わかりましたわ、お任せください。でも貴方は?」

「感謝する。俺は夜会に行かなくても支障はない、帰る」

「まあ。そうですか」

「おい、俺の見張りはいいのか?」


 踵を返して去っていく少年に、男性が驚いたように聞きます。……見張りってなんでしょう?


「その令嬢に任せました。エイメ侯爵の令嬢でしょう。一緒に会場に行って放っておけば、侯爵が明後日あたりイジメに来ますよ」


 少年は振り返りもせずに、それだけ言うとさっさと行ってしまいました。

 後半はよく聞こえませんでしたが、男性には聞こえたのでしょうか。


 それにしても、なんでわたくしがエイメ侯爵の娘だってわかったんでしょう。不思議です。

 首を傾げつつ男性を見上げると、目を見開いてわたくしを見つめていました。


「エイメ侯爵令嬢? あの宰相と似た者同士の親友の、腹黒侯爵の娘?」


 なにか後半よくわからない言葉がついていましたが、一応わたくしは頷きます。

 そういえば、自己紹介がまだでした。


「はい。ルアンヌと申します。今日が初めて(デビュー)なのです。貴方は父のお知り合いさんですか?」

「あ、ああ。まあな。……いやいや、嘘だろ。顔も性格も、ぜんっぜん似てねえ……」


 またブツブツ言い出しましたが、構っていられません。

 早く会場に戻らなければ!


「さ、行きますよ」


 ぎゅっと男性の袖を掴んで、歩き出そうとします。――が。


「えっ、おい待て」

「待てませんわ」

「いや、お前どこに行く気だよ」


 男性が動かないので、わたくしも動けません。


「もちろん会場です」

「どこから入る気だよ」

「テラスですわ、いけませんの?」

「……こっちだ」


 男性は小さくため息を吐いて、袖を握っていたわたくしの手をとって歩き出します。


 大きな手です。ほんの少し、ドキっとしてしまいました。とっても紳士的ですが……近道でもあるのでしょうか。


 おとなしく付いて行ってみましょう。

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