1 お父様のお願い
その日、お父様はにっこり笑っておっしゃいました。
「いいかい、ルアンヌ。お前ももう十六歳。社交界デビューをしなくてはね。……目指すは王妃様、だよ」
「はい?」
わたくしはお父様の笑顔を見つめて、耳が悪くなったのかしら? と首を傾げたのでした。
我が国……ティタニア王国は、大陸の西端で、一方を山脈に、残りの三方を海に囲まれた大国です。
昔は山脈のこちら側にも沢山の国があったそうですが、前王の時代にすべて版図におさめられました。
前王陛下は山脈の西を統一した後、すぐに崩御されたそうです。
今の王様は、八年程前に、二十歳という若さで即位なさいました。
とても有能な方で、見目も良く、立派な方だそうですが……。
独身です。
即位されたのが八年前。現在二十八歳です。
貴族の適齢期は二十歳まで。どんなに遅くとも、二十三ぐらいまでには結婚するものです。
それが、二十八歳。
ありえません。適齢期過ぎすぎです。
絶対何か……そう、何かあるはずです。一国の王なのに婚期を逃すような理由が、何か。
「お〜い、ルアンヌ? 大丈夫かい?」
お父様が、わたくしの顔の前で、心配そうに手を振っています。
わたくしは、ハッと我に返りました。
「大丈夫ですわ、お父様。……それで、なんと仰ったのですか? わたくし、うっかり聞き逃してしまいました」
お父様は、またにっこり笑いました。
「うん、あのね。王様が全然結婚しないんで、宰相さんがお怒りでね。それで、貴族の娘の中からお妃候補者を募ることになったんだ」
それは、まあ、国の王様に後継が生まれなきゃ困りますものね。
でも、問題はその後です。
「それでね、うちも立候補しておいたから。そうそう、来週その王妃候補を集めての夜会があるんだって。頑張るんだよ、ルアンヌ。目指すは王妃!」
「お〜〜! って、違いますわ。嫌です! どうしてですの!?」
「うーん」
お父様はぼりぼりと頭を掻きます。
「うちは侯爵家だろう? だけど、私の妻は庶民同然の下級貴族だった」
「まあ、そうだったのですか」
初耳です。お母様はわたくしが生まれてすぐに亡くなってしまったし、お父様はあまりお母様のお話をされませんでしたから。
お父様のお話は続きます。
「それで、お前の兄さんの婚約者は貴族ですらないんだ」
「まあっ、お兄様もスミに置けませんわね」
お兄様に婚約者がいたとは知りませんでした。いつできたのでしょう。
……たった二人の兄妹なのですから、教えてくれても良いのに。
でも、そういえばこの頃よくおめかしして出かけてました。デートでしょうか。
「いや、それでね、ルアンヌ。二代続けてあんまり妻の身分が低いと、我が侯爵家は侮られる。でも、私はできれば恋人同士を引き離したくはないんだ」
お父様、目が真剣です。
「その点、ルアンヌには好きな人もいないから都合が良いし、王妃になってくれれば、我がエイメ侯爵家は安泰だ。…………王妃になれなくとも、できるだけ上位の貴族を捕まえて欲しい」
そこでお父様は頭を下げました。
「もちろん、他に好きな人ができたら、父さんは応援するぞ。だが、頼むルアンヌ。お前のお兄さんとお義姉さんと侯爵家の為、王妃候補としてお城に行ってくれ!」
「……」
なんだか、難しくてよく分かりません。
でも、大好きなお父様の頼みです。……やってやろうではありませんか。
わたくしは拳を握りました。
「わかりましたわ、お父様! 頭を上げてくださいませ。陛下をうまく丸め込んで、王妃におさまれば良いのですね。あら、なんというか……悪女さんですのね! 頑張りますわ」
「えっ……いや、悪女って……しかもさんって……えええ……」
お父様が何か仰ってますが、気にしません。
大丈夫ですわ。ええ、お任せくださいませ。お父様と、お兄様、ついでにお義姉様の為――。
わたくし、王妃になってみせますから!
*・*・*
それにしても、夜会とは本当に人がたくさんいるものです。
着飾った女の人がいっぱいです。全員王妃候補なのでしょうか。……いえ、兄弟や、父親っぽい男の方々もいますから、女の方々も全員が王妃候補というわけではなく、候補のご家族もいらっしゃるのでしょう。
わたくしは、キョロキョロと知り合いや、友人がいないか探しますが、どうも知り合いは参加していないようです。
わたくしの友人達は、皆婚約者がいらっしゃいますから、やっぱり来ていないのでしょうね。
しかし、皆さん美人です。
せっかく真っ赤なドレスを着てきたのに、まったく目立ちません。不思議です。……わたくしの容姿が地味なのがいけないのでしょうか。厚化粧したのに。
首をひねりつつ、奥の、一段高くなったところの横にある扉を見ます。
陛下はまだ姿を現しません。
……………ううっ。ダメです、人酔いです。
わたくしはテラスに行き、そこからよろよろと庭園に下りました。
息を吸って〜、吐いて〜。
うっ、ダメです。気持ち悪い。
仕方ありません。まだ陛下も来ないし、ちょっと散歩をしてきましょう。
ふらふらと庭園を徘徊します。
ふらふら、フラフラ、ふ〜らふら。
だいぶ会場から離れたでしょうか。気分も楽になってまいりました。
もう少し歩いたら会場に戻りましょう。
あら?
……なんだか、話し声が聞こえてきます。ケンカでもしているような…………。
このまま進んでも良いのでしょうか。
わたくしは立ち止まりました。
途切れ途切れに話し声が聞こえます。
「……って言っ……でしょう」
「うる……い……俺……ろ」
よく聞こえません。
わたくしは声の方に向かって歩き出しました。
少し歩くと、開けた場所に出ました。
魔石で作ってあるのでしょうか、ほんのり光っている噴水もあります。
そこに、二つの人影が。
わたくしは木の後ろに隠れました。これは世に言う…………立ち聞きですね!
なんだか、わたくしシュラバ好きのおば様みたいです。