悪役令嬢のための人材。
ダリア様が要請したという女性を、王妃様とダリア様に紹介された。
彼女は少し年配の姿勢が真っ直ぐで綺麗な淑女の見本のようなお辞儀をする方だった。
最初は『ランスロット帝国の皇太子について知りたい。』という要請で皇太子のことはほとんど知らないという彼女にダリア様の実家が懇願し、イストール国の側室の要請ということで城にきてもらったのだ。
彼女と二人きりにしてもらい、彼女に詳細はまだ言えないが、ランスロット帝国の皇太子・ヴァンディミオン殿下とこの先縁を持つことを考えているので帝国、特に王宮の人間関係や後宮、彼女の知ることを全て教えてもらいたいとお願いした。
彼女は女官時代のことは言えないとのことだったが
「ヴァンディミオン殿下は母である皇后様に厭われていて、他国に留学していたというのは本当ですか?」
と私が一番聞きたかったことを聞いてみた。
仕事はしたいが命も大事。皇后が皇帝に次ぐ権力を持っているならこの国みたいに王妃様や他の側室方と仲良く仕事をするどころではない。生きていなければ仕事ができない。ヴァンディミオン殿下を皇后が狙っているなら嫁いだら私にも危機がある。
そんな思いで聞いた私にとても驚いた顔で彼女は
「なぜそれを・・・。」
と呟いた。
どうしよう。
ヴァンディミオン殿下は <ジュエル・オブ・インペリアル> のことを面会の時に持ち出さなかったし、お手紙の出し合いをして私の意志の尊重をしてくれるという魅力的な方だが
(そんな危険人物のいるところに嫁ぐなんてナイルワニのいる川に飛び込むか、アナコンダの巣に頭から突進するようなものじゃない?!)
ちょっと初めての命の危機に取り乱してしまい思考がどこかに飛んでいた。
そんな私と彼女はお互いに無言で見つめあってしまった。
「王太子妃様、皇太子様はとてもご不幸な身の上の方です。失礼ながらこのメルディナの話を聞いてくださいますか?」
彼女の方から話し出してくれた。
「今のランスロット帝国の皇帝、グランディウス・カイザル・ランスロット様には正妃である、ナルディアナ・カイザル・ランスロット様がおられその二人のお子様はヴァンディミオン様と五歳離れた弟君のジュリウス様です。ヴァンディミオン様がお生まれになった時、黒い髪に青い瞳だったために皇后様の不貞が家臣や他の側室に疑われたのです。ご両親ともに金色の髪に碧眼でしたから。」
帝国では一時、皇后に対する不貞の疑いから離縁すべきなのではないかとの話もでていたらしい。
それは皇帝が退けたが、噂は根強く残り周囲から皇后を孤立させた。
政治的配慮により後宮に入れられた側室たちが懐妊し、蔑ろにされ続けた皇后はヴァンディミオン王子を乳母に任せきりで無関心だったようだ。
五年後に生まれた男児は皇帝にそっくりで皇后はヴァンディミオン王子の時と違い溺愛し、そして自分の不貞を疑われるきっかけとなったヴァンディミオン王子を疎みはじめ、周囲に対しても皇后という権力を使い始めた。
「グランディウス様の皇太子時代にお二人は結婚されとても仲睦ましく、ナルディアナ様はお優しい慈悲深い方でした。ですがお子様になかなか恵まれず、やっと生まれたお子様によって不貞を疑われ、周囲から蔑ろにされたことでヴァンディミオン様さえいなければ・・・。と思ったのではないかと思われます。でも温厚な皇帝陛下が皇后陛下に対し罰することはできないのです。皇后陛下が何かをしたという証拠はなく、表立っての処罰は国の乱れる元ですから。」
ですからヴァンディミオン王子に優秀な側近をつけ皇太子になるまで他国に留学させていたのです。
とメルディナが教えてくれた。
「どうしてそれを私に教えてくれるのですか?」
女官時代のことは言えないとのことだったのにと不思議に思い聞くと
「ランスロット帝国での王宮では周知の事実で少し調べればわかってしまうことですから。」
と答えられてしまった。
彼女はとても王宮に詳しそうだし、ヴァンディミオン殿下に同情的だ。
私はヴァンディミオン殿下に人として好意を持っている。支えあって国を治めるというのは魅力的だ。彼女を味方にして知識を増やし、ランスロット帝国に嫁いだら皇后に対しても何か対策ができるのではないか・・・?そう思い
「私の事情を話したら、ランスロット帝国について教えてくれますか?ヴァンディミオン殿下の境遇についてはご本人から少し伺っています。私が知りたいのは帝国の情勢です。」
本人から聞いているというのを疑問に思ったのか
「どのような事情でしょうか?」
不審な顔をされた。
「私はヴァンディミオン殿下に求婚されております。今の王太子であるカイン殿下は病により近いうちに王太子の地位を返上し、病気療養で王都を離れます。王太子妃であった私は婚姻を解消することとなります。」
カイン殿下のことは数日で発表される予定だからそれまで彼女は城に滞在してもらえば良い。ヴァンディミオン殿下に関しては私は前向きに嫁ごうと思っているので良いだろう。
詳しい事情は彼女が私の味方になった時に話そう。
「私をセシリア王太子妃がヴァンディミオン殿下に嫁ぐ準備のために、ランスロット帝国のことを教える教育係りにしたいということでしょうか?」
しっかりと顔をみて質問された。
「はい。この離宮に住み私に帝国のことを教えてください。私はヴァンディミオン殿下と支えあいランスロット帝国を治めこの国とも友好的になりたいのです。」
ランスロット帝国は領土は広く人口も多くそして軍事力もある。周辺の諸国との兵力差は歴然としているため、帝国がどこかの国に攻め入ったらその国は国力の違いから滅亡するというのが諸国の認識だ。
だが今回、ヴァンディミオン殿下に求婚された私は留学中に作った人脈により国交を盛んにしていると聞いているのでイストールとも友好関係が築けるのではないかと考えた。
この国は適齢期の姫がいなかったから輿入れしていないが、他国から側室でもいいからと現皇帝に輿入れした姫もいると聞いたことがある。でもその国が帝国から優遇されたことはない。
私は全ての国が仲良く!などと偉そうなことを言う気はないが、この国の王家の方々に少しでも恩返しができるよう友好的になれたら良いと思う。
私が仕事をするために今必要なのは知識。そう思いメルディナにお願いした。




