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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Force-Nord

作者: 暗山巧技

罪は刻に、正義になる――ある人物の、名言である。

此れに対して、世間はこう反発する。

――あの人はどうかしている

――人格破綻者だ

――脳天に風穴開けなければ

少し誇張してしまったが、多分こうであろうという単なる予測に過ぎないので、流してほしい。

人は自身の身に降りかかった火の粉で有ろうと無かろうと、他に同情し或いは求め、その火の粉を振り翳した張本人を袋の鼠にしてしまう。それが人間のあるべき姿であり、同時に、人間は醜い生物であることを示している。

だが、時代は変わっている。

現代社会に新たな幕開けの兆しを世に照らしたのはたった独りの青年。ある一点が違うだけの、普通の高校生。ある一部分が欠落している、普通の十六歳。

人を観察し、情報を記録し、感情を読み取り、心情を逆手に行動の理念を自身で構築し、その理念に大きく反する者は、その若き手で制裁を下す。

彼の理念は、極一般に広まる、普通のものであるが、それは自身の集めた情報によって形成された、外部を一切無視した自身の構築物である。他に干渉されず、他を彼のその眼で観た率直な見解だ。

感情を見透かし、その感情を悪だと判断すれば、容赦はしない。

そんな青年はある日、罪を犯した。正義という名の罪を――



現代人は、人類に秘めている可能性を自らの手で再現しようと奔走している。その奔走の意味は、全て未来永劫、人間が首位に立っていられるようにだ。

年の経過と共に、AI、つまり人工知能の進化は飛躍的に跳ね上がった。結果、その進化の過程で、AIに対する制圧方法が無くなった。暴走を引き起こしたり、人虐的思想が植え付けられでもしたら、世界はAIの奴隷となる。人間が歳月をかけて創り上げた叡智が、逆に我々の上になってしまったら、滑稽なことに、本末転倒になってしまう。

そうならない為に取られた対策は、人間という特殊動物にしか出来ない、能力を用いた方法。

ある文献によれば、一般人は普段、三割程度の脳処理能力しか使っていないという。その三割で百年の人生を担っていくというのだから、人間の脳は凄いものである。他の動物は、脳を全開にしても、人類に追いつけないのだから。

だが、逆に言えば、人間は十割の脳処理能力を自身で使いこなせれば、常人ではない『超能力者』になれるという訳である。

八年前の2181年、超能力というシステムが確立した。

現代科学が創立した超能力とは、化学物質を利用し、脳を活性化させ、能力を再現させるものである。この発明によって将来一生、人類が支配者の座に居続けることが出来るであろう。

けれど、全ての人間がこの超能力を発現出来る訳ではない。つまりここで、超能力者と一般人の間で格差が生まれる。

それを知っておきながら、超能力者を育てる専門学校を建てる政府はどうかしていると私は考える。

全人類が異能を使えるような発明をしてからがスタートだ。これではまるで、ゲームのβテストである――



「高間庄司著の『現代』の一部分だ。感想は如何かな?」

閑散とした部屋に、本が壁一面に敷き詰められている。そこに、一人の青年と、一人の体格が良い中年男性。中年はその本を青年との間にあった丸い円卓に置き、掛けていたソファから立ち、外の世界とを繋ぐ透けた壁へ身体を向ける。

「自分から言うことは一つも。しかし彼の語っていることは、当然良しとされるでしょう。」

青年は目を閉じ、そう応える。他人の意見という外部を持たない彼の意見は、正解の正解と言ってもよい。

電子機器や電子的演算機の進化がAIと同時進行し、百年前と比べると相当発達した現代に於いて、紙の本はとても珍しい。それが大量にあるのだから、中年は重度の古派だ。

「うむ、その辺は観察者(オブザーバー)としての回答か。君らしいがね。」

中年は、量子分散倉庫から、自身が残した珈琲をマグカップと共に彼の手に引っ掛るように出現させた。マグカップの淵を口に付け、生温い黒豆の出し汁を飲む。

量子分散倉庫とは、対象を分子程度に分散し、昔でいうインターネットのクラウド、今ではPC(Personal Cloud)にその分子集合体を収納する。言うなれば、近代社会の箪笥(たんす)である。

PCは、脳内に保存されている、記憶を司る側頭葉に半永久的に刻印されている。

出す時は、腕時計型の3D表示ディスプレイ機からPCに接続。倉庫内で自身の探し物を検索し、分子集合体を原形へと分子を固定させる。

人間が生まれてから、約400万年。その期間の間に、人間はその手で正義と秩序を護り、世界を進歩させ、又荒廃させた。その過程では、殆んどと言ってもいい「歴史に名を残した」人物が、人為や発展、発明という人間の間で流行った理念の中で巧を行い、自然世界の法の中では罪を働いた。人類こそが、この世界の頂点であると自負しなければ、とても容易に地球が生み出した自然の法則を破戒することなど出来ない。その自負が人類を進化させ、退化させた。

観察者(オブザーバー)は、この全てを読み取り、理解して、世間の治安を維持している。

「観察者とはいえ、自分は殺人を犯した罪深き人間ですからね。他の観察者のように、人様に誇れるような玉ではありません。」

超能力のシステム確立から、まだ八年。だが、その八年で様々な超能力を用いた犯罪が巻き起こっている。優秀な日本国公認の超能力者を輩出する専門学校、国立超学科校は、システム確立からまもなく、2181年6月3日に、集中突貫工事によって出来た全国十二カ所の校舎で、超能力者としての兆し有りと判定された、その年の高校生が、能力者としての才能を発揮したいという意志のある者だけが、これらの校舎に入舎した。

十二の校舎は未だ健在であり、技術の革新の威力を度々、人々にアッと言わせる。

その超学科山陽高等部校舎では、2184年の第一期卒業生の一人、庫場義経が超能力を使用する為の必需品『EBAA(Electron Brain Activation Arms)』を、学校側から無返還支給された直後、殺傷性の高い超能力を発動し、合計十三人の死傷者を出した。(かろ)うじて庫場は取り押さえられ、刑事責任を問われた。

一般に広まっている現実的超能力は、電子を利用したものである。電子を脳に送り込み、超能力の発現に不可欠な前頭葉の内部『神頭角(ゴット・パーツ)』をその電子で活性化させる。活性化させた状態でEBAA(エバー)で能力情報をキャスティング、能力を発動する。この四工程を行うことが可能な者が、この時代の超能力者と解釈される。超学科校の卒業生は、日本国政府から公認の超能力者となり、上記の通り、EBAA(エバー)を無返還支給される。公認超能力者は、刑事法に反しない範囲での国家活動を許される。それを利用してテロ活動を行うことなども、結局は可能になってしまう。庫場の殺人事件も、この国家活動という名のもとに引き起こったものだ。庫場は元々日本国の反政府勢力に所属しており、その一部である反青連合軍の首領を張っていた。しかしそのことは極秘にされ、世界に誇れる日本の警察が依然として庫場の正体に気付けずにいた。庫場の起こした事件を警察では『改新事件』と呼称されている。

改新事件以降も、似た様な事件が全国十二校で立て続けに起こった。

超能力の発展の為に目を瞑って来た日本国政府も、流石に見逃せなくなってきた。2187年のことだ。

見咎めを実行する上で目を付けられたのが、当時中学二年生にして、殺人犯の青年、北頴奈だった。

「だがそれでも君は、観察者としての役割を果たしている。他の連中とでは比べ物にならないのは、事実だ。」

2189年現在、日本国警視庁特殊公安課というのがある。そこに勤める課員達は、先程の会話に出てきたように、『観察者(オブザーバー)』と呼ばれている。頴奈は、その観察者として最初に抜擢された人物である。

観察者とは、超能力者や一般人などの区別を一切関係無く、事件の収拾或いは事件発生前に鎮圧する任務を持つ者だ。頴奈が抜擢された理由として一つ大きな訳を挙げるとしたら、他人の感情や思考を読み取ることが出来ることだろうか。幼い頃から他を観察してきた彼は、その道では髄を抜いていた。更に超能力の適正検査を受けたところ、過去の超能力者の叩きだした記録を軽々と超える能力を持ち合わせていた。

「自分を最初の観察者に抜擢しただけのことはありますね、大槻元総理大臣。」

中年は外の光景を見ながら、笑みを浮かべる。

特殊公安課の設立と観察者の導入が閣議決定した当時、殺人犯として庫場と同様、刑事責任を問われていた頴奈に目を付けたのが、この中年――いや、中年などと言ってよい御方では無い――大槻玄介元総理大臣だった。

「もうその呼び方はやめてもらえんか。あの時代の事を、少し思い出してしまうのでな。」

大槻は又、珈琲を口にする。

感情を読み取り、心情を逆手に行動を起こす頴奈に(かね)てから興味を抱いていた大槻は、よく彼の収容されている牢屋へ訪問していた。それは観察者になってもらう交渉の為であったり、大槻が相談相手に困った時に話し相手になってもらったり、用もなく来たりなど、様々だった。

しかし、頴奈は一向に観察者になることを拒み、抗い続けた。その理由は、今になっても大槻の持つ七不思議として分からない。

それでも大槻は(くど)く、しつこく、観察者になってもらう為の交渉を粘り強く続けた。

受け入れてもらえたのは、観察者導入が決定してから一年後。ある切っ掛けによって――彼は許諾した。

「まだ、一年前の話なのだな――あの悪夢は。」

窓から、紫外線の強い日光が差し込んでくる。その陽射しは直接頴奈に当たるが、俯いていて、本人は気付いていないように見える。

「そうですね。まだ、たったの一年しか過ぎていないのに...」

頴奈の口から、それ以上は出なかった。それが、彼の揺れる心の実態だ。

だがしかし、彼はその存在に一斉として見向きをしない。

苦悶の表情を表に出している頴奈を見た大槻は、振り向いた頭を元に戻す。

「話題を変えようか...そうだ、頴奈君。高校生活は、どうかね。」

頴奈の状態の変動を察知した大槻は、180°、いや1800°、全く別の話題に摩り替えた。

「普通ですが...話題を急に変えられるのも、気分が悪いですね。まぁ、そういうのは幾ら自分でもアクセプト出来ません。」

大槻は又、窓の方を見て笑みを浮かべる。

「何か、言いたいことはあるかね...Nord。」

頴奈は立ち上がる、社会の為に。その上の方角へ、走る為に。

「全ての魂胆は、罪にあり。」

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