ふざけてないよっていう
最近「ふざけんなよ」っていう言葉について考えてます。
ふざけんなってのは「ん」ってのが促音便だか撥音便だか何とか音便ってのにあてはまるんで、綺麗な言葉に直すと「ふざけないでくださいませませ」という事になりますね。ていうかこの綺麗な言葉って私が言ってるこれこそふざけないでくださいませませですね。
まあね。
簡単に言えばふざけんなよってのはふざけないでくれっていう意味のはずなんですけど。
皆さん自分が「ふざけんなよ」って言った時のことを思い出してみましょう。
…相手、必ずしもふざけてます?
そこにふざけてないと言い切れる色々な状況や理由が散りばめられてることって多いですよね。本当に相手がふざけててふざけないでとかふざけんなって言うことはあるかもしれませんけどわりと相手がふざけてる時って少ないですよね。
そこなんですよね。
人が失敗したりしてこっちに迷惑が被った時って
「ふざけないでくれ」というより「気をつけて」とか「困るんだよね」とか具体的な事を言わないと伝わらないんじゃないかと思うのですよ。
それでもちょっとでもイラついたときにすぐに「ふざけんなよ」って言うのね。
酷いよね。
そういう使い方を間違うのが子供だけじゃなくて大人もだっていうのが納得の出来ない点でして、こいつは頑張ってるって認めた次の日にふざけんなよって言うとか絶対ふざけてないこと分かってるじゃんこっちこそふざけないでくれよっていう私のひねくれた考えが上がる訳です。ちなみにうちの顧問の話です。
でもですな。
「ふざけんなよ」という意味をポジティブに考えると、
「お前ならもっとできるんだからもっと全力でやれ、ふざけるんじゃないぞ」の略。
となる訳です。
そもそも
注意している=こいつにはまだ可能性がある
ってことですから、ふざけんなよの意味は実際こうなってもおかしくない訳です。
でもこういうのって何も言わずにそのままふざけんなよっていっても「ふざけてねーし」ってなるのでその人の受け取り方にもよるんでしょうね。だからなんやかんやで「ふざけんな」って言葉はよろしくないのでしょう。
この考えはどちらかというとこれを読んだ後に、まわりの人からふざけんなよって言われたらこうやってとれば頑張れるよねって程度です。
人の成長って色々なタイプがあるでしょうが、
私は悔しい派と誉められ派の間にいる分際ですので、
「お前はもっとできんだよ!!!ふざけんな死ね!!!」って言われるとよし、生きる。やる。って這い上がろうとします。
それでもふざけんなの受け取り方としては私の意見は大多数派ではないでしょうから、人にふざけんなって言われた時は少し嬉しいけど人にふざけんなって言うときはちゃんと謝ろうって思ってます。「ああああふざけてないよねごめんね」って。
でもそんなこと言ってるとこっちがふざけんなって言われなくなる気もする…。
言葉と人間関係って難しいなぁ、とか思う受験生です。