美しい天使(五)
肺炎てとにかくしんどいです。
自力で起き上がれなくなります。
夢をみた。
草原を駆ける自分が見えた。
駆けていく先には女の人がいる。
顔は見えないけれど、誰だかすぐに分かった。
「お母様?」
女の人は微笑んで言った。
『さあ、いらっしゃい―――』
白くて細い手が伸ばされる。
オリビエはその手に、自分の手を伸ばした。
***
「お……かあ…」
掠れた自分の声で目が覚める。
そうすると、自分が誰かの手を握っていることに気づく。
「…あれ…ヒメちゃん……?」
異様に喉が渇いている。
声を出したら咳が出た。
「…けほ…コンコン、けほん、けほ…」
手の傍で突っ伏していた頭がむくっと起き上がって、コップに水を注ぎ、
「起こすわよ。」
背中を支えて水を飲ませてくれた。
「あり、がと」
それからしばらく、ぼんやり天井を眺める。
体が重い。
息苦しい。
怠い。
熱い。
「何か食べる?リエがお粥を作ってくれたわ。リアって人が美味しい隠し味を教えてくれたって喜んでた。」
空腹感はまるで無い。
首を振るのも面倒な程体に力が入らない。
声を出すのも億劫で、でも返事をしないのはいけないからなんとか絞り出す。
「いらない。」
言ってからもう一度目を閉じた。
(あぁ……しんどい)
ここまでのは久しぶりだと思っていたら、また穏やかで優しい微睡みがオリビエを包んでいった。
***
「食べなかった」
ヒメルダがそう言ってリエにお粥の入った皿を手渡すと、リエは両手で受け取って悩ましげにため息を吐いた。
「困ったわね。ここまでのは久し振りだわ。お粥も喉を通らないとなるとわたしの手に負えないし、ハシェスト家の御息女を待たせてしまっているし。」
ヒメルダがオリビエの屋敷に着く二日前に来ていたらしい少女は、二階の一部屋を借りてメイドと二人で泊まっている。
真珠を包んでいるように細かく縮れた金髪をふわふわたなびかせ、青玉を埋め込んだような蒼い瞳を煌めかせるさまはまるで人形が歩いているようで、人間離れした美しさに通りすがりざま思わず立ち止まってしまった程だった。ヒメルダは部屋に荷物を置いてから、自分の赤髪をつまんで少し口を曲げた。生まれつきのものは悩んでもせんなきことと諦めたが。
「そういえばまだ聞いていなかったんだけど、彼女何でこんな所まで来たの?」
キッチンの出入り口にもたれ、ヒメルダが着く前にあったこと、シャルロットやウェルフェルム魔法学校のことを聞く。
「ライラックが?あーらまぁ。」
「ヒメ、あーらまぁじゃ済まないのよ。議会からだなんて洒落にならないったら。」
「で?当のライラックは何処にいるの。」
「さあ?シャルロット嬢のところじゃないかしら。本当は若様の傍に居たいみたいだけど、あの二人に鉢合わせたくないからって隠れてたらすぐ見つかっちゃって連行された。」
「アイツ本当に魔物かしら。情け無いわね。」
「若様にぞっこんだからそこにつけこまれているのかも。あまり若様の負担になるようなことにならなきゃ良いけど。」
「そうね」
何かあったら絶対にオリビエを守らねばならない。議会の奴なんかに、オリビエは指一本触れさせない。
(風邪引かせたらハシェスト家だろうと何だろうとぶっ飛ばしてやるんだから。)
ヒメルダはそう心に誓い、赤髪を翻してキッチンを後にした。