えぴそーど 80
アンドレア曰くである。
王はジュリアとの顔合わせをした瞬間に、彼女を一目で気に入ったのある。
そして、息子に言ったそうだ。
「似合いのカップルだ」
穏やかな顔であった。
けれども、当り前の様に言葉を続ける。
「だがな、ルイ?」
「はい、なんでしょうか?父上」
「ワシとカナコの方が、」と言いかけて言葉を止める。
「いや、止めておこう」
王の前にいたルイが再び尋ねた。
「どうしました?」
「いやな、カナコが隣で、馬鹿な事を言うな、と怒っているような気がしてな…」
王は寂しそうな、けど、嬉しそうな顔をした。
ルイの隣にいたジュリアも不思議そうな顔をして、王に尋ねる。
「お義父様?」
嫁になるジュリアの言葉に、王は優しく答える。
「これはジュリアにまで心配をかけた。すまない」
「いえ、お気になさらないで下さい。けど、ルイ様から伺っていたのですけど、お義父様は本当にお義母様がお好きなんですね?」
「そうだな、好きだな。この世で、いや、何よりも大切な女性だ」
その言葉にジュリアの顔が明るくなった。
「よかった…」
「良かった?」
「はい!ルイ様はお義父様とお義母様のお子です。だからきっと、ルイ様と私、仲良く暮らしていけますもの!」
小さな体を大きくしてジュリアが言うのだ。
その健気で可愛らしい姿に、思わずルイはジュリアの手を握った。
「そうだね、ジュリア。仲良くしよう」
「うん!」
微笑ましいのだ。
幼いなりに、ルイを思いやることを知っている。
王の胸が熱くなった。
「仲良くな。きっとルイの母もそう願っていることだろう」
「はい!」
「そうします」
そんな2人に王は安心したそうだ。
そうアリスは姉に話した。
「そう…、お父様もお認めになったのね」
「ええ、けどね。アルホートでは大変だったらしいのよ」
「大変?」
アリスはジュリアの姉の話をする。
「まぁ、ルイを、こんな人って?」
「言ったらしいの」
「仮にも王女でしょ?アルホートではそういう教育はされないのかしら?」
「それがね、ルイとジュリちゃんの話が決まった途端に、憑き物が落ちたように普通に戻ったらしいの。変な話よね」
「そうね…」
「けど、そのお陰でジュリちゃんがルイの相手に決まったから、ルミナスにとっては幸いだったのかも」
「お母様がいたら、どうなっていたかしら…」
「そうね、最終的には認めるだろうけど、暴れたかもしれないわ」
「そうよね、ルイには甘かったもの…、ねぇアリス?」
姉は思い出した様に尋ねた。
「時々なんだけど、本当に年に1回あるかないかなんだけどね。私、お母様の気配を感じるの」
「姉様も?」
「アリスもなの?」
「そうなの。昔、失恋した時やアデュと出会った頃、感じたのよ?」
「私はね、ジュリアンを産んだ時かな。あとは、まだあるけどね…」
同じ体験をしているとわかって、互いに安心する。
「お母様、心配してるのね。きっと」
「ねぇ、ルイの所には現れるのかしら?」
「現れっぱなしよ、きっと」
「そうね、もしかして、お父様よりも多かったりして…」
2人は顔を見合わせて笑った。
「それ、本当なら、大変よ?」
「大変よね?お父様、ルイを怒るかもしれないわ」
「その理不尽さ、懐かしいわ。お母様の事になると理不尽だったものね」
「本当にね、私達の事も大切にしてくれたけど、お母様が1番だったもの」
その時、風が吹いた。
今の季節ではありえない程の、暖かな風だ。
「え?」
「あ…」
2人は同時に叫んだ。
「「お母様?」」
そうであったのか、どうなのかはわからない。
けれども、2人はそうだったと思う事にしたのだ。
「きっと、そう」
「うん、間違いないわ」
「口止めかしら?」
「多分…」
その時、アリスは思い当たったことを口にした。
「お姉様。ルイのお相手って、中々見つからなかったでしょ?」
「そうね」
「言い寄る女性は多かったけど、自滅していく感じで…。アルホートの王女もそうだし、ルミナスでも喧嘩する令嬢もいたし」
「あれは不思議な話よね、いくら興奮したからって、城内で喧嘩なんて…ありえないもの」
「そうなのよ。ねぇお姉様。なんだか、彼女達、仕向けられた感じ…しない?」
「それって、まさか?」
「そう、そのまさか。だって、お母様なら、やりかねないもの…」
娘達は亡くなった母を疑った。
溺愛した息子が変な女性に引っかからない様に、手を回したのではないか、と。
心の底に少しだけあった感情を煽ってルイが幻滅するように、とだ。
「ありえるわね、けど、今回はお認めになったんじゃない?」
「そうよね。ジュリちゃんなら、仕方ないわ」
「そう、ジュリちゃんならね」
そう2人は母に届くように言った。
「お母様、分かってらっしゃるわよね、きっと」
「うん、分かってらっしゃる…」
そう姉妹は笑った。
その時だ。
声が響いた。
(心配しないの、わかってるわよ)
2人は互いを見る。
「い、いまの?」
「きこえた?」
「間違いないわ…、」
そう言った2人の瞳からは涙が溢れた。
とめどなく、流れ落ちる。
もう一度、聞きたいと願っていた声が、頭の中に響いたのだ。
懐かしい、けど、会えない事が寂しい。
「「お母様だわ…」」
2人は手を取り合って涙を流した。
母に愛されて育った2人にしか分からない気持ちを共有したのだ。
その時、ルミナスに風が吹いた。
それは全土を包む程の優しい風であった。
感のよいものは気づき、分からないものは感じなかった。
そんな風であった。




