えぴそーど 8
時はまた数ヶ月過ぎている。
サーシャは久し振りにルミナスの港町に降り立った。
父と母の具合は小康状態のままだと妹からの手紙で知り、仕事も一段落したのでルミナスに寄ったのだ。
「うーん、ルミナスだわ」
各国によって港の匂いが違うようにサーシャは思う。
荷物が下ろされて区分けされていく。
「サーシャ、いいかい?」
「ええ、大丈夫よ」
パートナーのダグラルがサーシャの横に寄り添う。
この2人は今回のルミナス訪問であることを考えていた。
いい加減、結婚しようか、と。
出会った頃は、いつに日にかダグラルが故郷に帰るかもしれないと思っていた。
だったらそれまでの関係でいよう、と割り切ったのだ。
けれども、時は考えを変える。
ダグラルが故郷に帰る為の道筋すらついていない。
それに彼本人が、サーシャとの結婚を望んだ。
だから、その事を両親に伝えて、簡単な式を挙げて安心して貰おうと思ったわけだ。
幸いにもガナッシュでの事業は順調に進んでいる。
地図の売れ行きも、サーシャが書いている本の売れ行きもいい。
今が良い頃合いだと2人は考えた。
港での作業が終わり、半日掛けてようやくルミナスの城下街についた。
「久し振りだなぁ…、ルミナスだ…」
とサーシャの後ろから若い男が出てくる。
サーシャは優しい笑顔で彼を見て声を掛けた。
「家を飛び出してから帰ってないんだから、5年振りよね?」
「そうなりますね、ああ、帰りづらい…」
「諦めなさい。親孝行しない人間は、正式に雇わないんだから」
「仕方ないですよね…」
彼は大きくため息をついた。
ダグラルが大きな目をクリクリさせて笑う。
「坊主、なにビビッているんだ?」
坊主と呼ばれた男は苦笑いだ。
「ダグラルさん、スティーヴという名前なんですよ、私は。それに、もう21になりました。5年前の子供じゃありませんから」
「ハハハ、坊主は坊主だよ。ちゃんと親御さんの許しを得てきたら名前を呼んでやるから」
「はいはい、」
「あら、はいは1回よ?」
「そうでした、はい」
3人は愉快そうに笑った。
「とりあえず、ルミナスの城へ行きましょう。陛下がお待ちだわ」
「ああ、楽しみだね」
サーシャとダグラルはルミナスに寄ると必ず城を訪問した。
2人の訪問を、王が楽しみにしているからだ。
白い髪の持ち主のスティーヴは、まだ躊躇っている。
「本当に、両親を連れてくれば、雇ってくれますね?」
「もちろんだ」
「偽者は駄目よ?」
「わかってますよ」
その為に、渋々別行動を取るのだ。
「では、行ってきます」
「はい、頑張ってね?」
「気をつけるんだぞ?いいね?」
2人はまるで親のように彼を見送った。
その姿が段々と小さくなっていく。
サーシャがダグラルに話しかけた。
「ねぇ、スティーヴは大丈夫かしら?」
「そうだね、本当は戻った方がいい人間だからね。今回のことがキッカケになるといいんだけどね」
「そうよね、ルミナスの貴族の次男なんだもの。相応の場所で働く方がいいわ」
何処の誰かなんてことは、もう調べが付いている。
それでもスティーヴから知らされる情報以外は知らない素振りをしてきた。
それは、2人が彼を好いていたからだ。
「しかし、サーシャの本に感動してガナッシュまで家出をするなんて、あいつらしいね」
「本当にね。一緒にいた5年は楽しかったわ」
「俺たちの子供みたいだったからね」
「そうね、私達、家族みたいだった。いい思い出を貰ったわ」
「ああ」
2人はそっと触れ合う程に近くに立ち、互いに触れていた。
サーシャ達は城に向かい、スティーヴは懐かしい家に向う。
サーシャの胸には少しだけ寂しさが流れた。