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えぴそーど 76

「陛下、」と、見るに見かねたアンドレアがアルホートの王に声を掛ける。


「マルガッテ様には、心に決めた方がおいでるのでしょうか?」

「いや、そんな男の事など、聞いたことはない」


アルホートの王は声を荒げた。


「私の娘が、男を両天秤に掛けるような、そんな娘だと、君は言うのか!」


けれども、穏やかにアンドレアが話を進める。


「陛下、決してマルガッテ様を責めているのではないのですよ。けれども、もし、その様な方がいらっしゃるのに、ルミナスに嫁ぐとなると、これは不幸なことになるのではないでしょうか?」

「う、そ、そうだが…」

「どうか、ルイ殿下の立場になって考えてみて下さい。そのような想いを抱えたままの姫との生活が上手く行くとも思えないのです」


王妃はアンドレアに賛同した。


「そうね、あなた。アンドレア殿の言う通りだわ。心が寄り添わない娘が嫁げば、ルイ殿に失礼になるもの」

「そうだが、…。マルガッテ、どうしたんだ?いきなり言い出して?」


父の問い掛けに、彼女はようやく口を開いた。


「私は、ルミナスになんか嫁ぎたくない。こんな人の妃になんかなりたくない…」


こんな人と呼ばれたルイは苦笑いをするしかなかった。 

穏やかにアンドレアが追求する。


「姫、あなたがこんな人と言ったのはルミナスの王太子のことでしょうか?もしそうであるならば、私達は黙っている訳にはいかないのですよ?」

「あ、いえ、言葉に深い意味は、なかったんです。ただ、私には好きな方がいて、嫁ぐならばその方が、いい。いいんです!」


場が静かになる。

何をどう進めて良いものか、あのアンリですら迷っているのだ。

この少女は自分の立場を知らなさ過ぎた。


ずっと姉を見ていた少女が口を開いた。


「姉様?」


姉は妹に対して、少し高圧的な態度で答える。


「なによ?」


妹は姉を見上げながら話を続けた。


「最近、姉様はずっと泣いてらした。毎晩泣くほどに、そんなにまで、このお話が嫌ならお父様に言えば良かった。そうでしょ?」

「ジュリアに何がわかるの?長女の私はね、国の為に自分を犠牲にしなければならない、って言われたの!どうしたらいいのか、わからなかったのよ!」

「それは違うわ、だって誰もそんな事、言ってないもの」


姉は妹の指摘に、一瞬戸惑ったが、言い切った。


「昔、お父様が言った。そう言ったもの」

「昔?なら、どうして今、確認しないの?」

「…」


2人の会話に戸惑う王は、自分の妻に確認する。


「マルガッテは、この話を嫌だと言っていたのか?」

「どちらとも…。この話になると黙ってしまうの。だから、念を押したのよ。そうしたら頷いていたものだから。てっきり娘特有の照れかと思ったのよ」


王妃は娘の手を引いて座らせた。


「マルガッテ、貴女はルミナスに嫁ぐのが嫌なの?」

「嫌…」

「今、貴女が言っていることは、とても失礼な事なのよ?分かっているのかしら?ルイ殿はわざわざルミナスから貴女に会うためにいらしたのに」

「そんなこと、私、頼んでない」

「貴女が頼んでなくても、これは国として動いたことなの。貴女の行動がアルホートの恥になるのよ。それを分かっている?」

「ほら!やっぱり、私は国の為に自分を…」


その時である。

姉の声を遮るように、妹が言葉を発した。

誰も想像出来なかった言葉を。


「お姉様。もういいでしょう?これ以上、喋ることはないわ」

「ジュリア?」

「ルイ様やルミナスの方々に、これ以上アルホートの揉め事をお見せする事は出来ない。お姉様が嫌だと仰るのなら…」


ジュリアと呼ばれた妹は、真っ直ぐにルイを見るのだ。


「私が、ルミナスに行きます」


王は驚いた。

どちらかというと、素直な妹を可愛く思っていた王には、その言葉が想像出来なかったのだ。


「ジュリア、わかっているのか?ルミナスに行くというからには、そんなに戻って来れないところへ嫁ぐという事なんだぞ?」

「お父様、分かってる。けど、これ以上皆様にアルホートの恥を晒す訳にはいかないでしょ?お姉様に好きな人がいて行きたくないんですもの。だから、私がルミナスに、いえ、ルイ様に嫁ぎます」


小さな体が大きくなった錯覚がする。

ここにいた誰もが、少女の中にいる女性の言葉を聞いているのだ。


「ルイ様?」


急に名を呼ばれたルイは戸惑いながら返事をした。


「なんだろうか?」

「私がルイ様の妃でも、構わないでしょうか?」

「ああ、構わない、が…」

「はい?」

「君は寂しくないのか?」


その問いに、少女は微笑んだ。


「はい、ルイ様と一緒なら、きっと」


丸く幼い顔に、満面の笑みを湛えて、少女はルイを見詰めたままだ。


「だから、私を妃にして下さい」

「ああ、いいよ、それで」


ルイは押し切られてしまった。

思わずそう言ってしまったのだ。

アンリが慌てて確認する。


「殿下、それで、いいのですか?」

「いいもなにも、ジュリア殿が俺のところに来ると言うんだ…」


どこか楽しそうにアンドレアが言う。


「そうですね、ジュリア様はハッキリと仰いました」


彼の言葉は軽やかであった。

そして、王に確認を迫った。


「ルミナスはこの件を承認しますが、アルホートは、どうでしょうか?」


王は面食らっているのだ。

思っていた姫とは違う姫が嫁ぐというのだ。


「ジュリアが、ルミナスに嫁ぐなど、考えた事もなかった…」


良く笑うジュリアがお気に入りであった王は、ショックで言葉でないようだ。


「マルガッテ、お前の事も大切だ、もちろんだ。けど…。ジュリアの輿入れなど、まだまだ先の、遠い未来の出来事だと思っていたんだ…。なんで、こんなに急に…」


動揺で独り言しか言わない夫に見切りをつけ、王妃が娘に聞いた。


「ジュリア、本当にいいのね?」

「はい、お母様」

「マルガッテ、貴女もそれでいいわね?」

「あ、はい、…」


王妃は夫を見た。


「あなた、ジュリアが良いと言ったのです。好きにさせてあげましょう?」

「しかし、…」

「マルガッテが嫁ぐのは良くて、ジュリアが駄目なんて事は通じないわよ?」

「そ、そうだな…、ジュリア、本当にいいんだな?」

「お父様、寂しい思いさせて、ゴメンなさい。けどね、ルイ様はお優しいから、」


ルイは思わず王に告げる。


「彼女に寂しい思いはさせない、それは約束します」

「そうですか、」


王の返事を待たないままで、ジュリアは立ち上がりルイの側に行く。


「ルイ様、私がアルホートの庭を案内するわ。少し寒いけど、ルイ様となら平気だもの」

「ジュリア?」

「行きましょう?ね、早く?」


ジュリアに急かされるように、ルイは一緒にこの部屋を出る。




2人がいなくなった食卓。




ようやくアンリが口を開いた。


「話を進めて宜しいでしょうか?右大臣として、陛下に報告の義務があるのです」

「そうだな、進めてくれ」


改まった態度で話を進める。


「それでは、陛下。マルガッテ姫の先程からの言葉は、無かった事に。それでよろしいでしょうか?」

「すまない…」

「病弱なマルガッテ姫にはルミナスの妃は務まらないとの判断で、妹君のジュリア姫が妃になる事となった。これも、それで良いでしょうか?」

「そうしてくれ」

「畏まりました。では、アンドレア殿」

「はい」

「少し部屋で話し合いましょう」


アンドレアは頷いて立ち上がった。

普通であればアルホートの王が退席してからの退出になるのだが、今はその様なことをアルホートも気にしていないだろう。

2人が去った後で、我が侭を言い出した娘と向き合わなければならないのだから。


「私達はこれで、失礼致します」

「ああ、分かった。ルイ殿には後で詫びに行こう。そう伝えてくれ」

「畏まりました」






こうして会はお開きとなったのだ。






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