えぴそーど 75
アリスは港にいた。
ネバーユからは近いこの港にはアルホートとの連絡線が出入りする。
今日、アルホートに向けての船が出る日。
もちろん王家の人間が乗る船は、専用の船である。
右大臣であるアンリは船内で忙しく指示を出している。
アンドレアはルイの到着を待って船内に入ることになっている。
潮の匂いがする。
昨夜の残り香を纏った2人がルイを待った。
王家の馬車が現れる。
王太子は馬車から降りて2人の前に立つ。
堂々とした王太子振りであった。
けれども見慣れているアリスには普通の姿である。
姉は弟に釘を刺す。
「ルイ、アデュを早く返してね?」
「わかってますよ。けどね、姉様、これは仕事ですから」
「私だってわかっているわ。けど、努力はして欲しいの」
「はいはい」
そっとアンドレアが優しくアリスの腰を抱いた。
その感触を忘れないようにだ。
「アリス、早く帰れるように、いい仕事をしてくるよ?」
「はい、アデュ。待っているから」
そんな2人は見つめあったままでいる。
このままでは永遠に出発できないと判断したルイがアンドレアを急かす。
「それでは、義兄さん、行きますよ?」
「そうでした。じゃね、アリス。行ってくるよ」
「姉様、父上をお願いします」
「わかったわ。2人共、気をつけて」
2人の乗り込んだ船は水平線の彼方へと消えていく。
アリスはずっと見送った後、弟が乗ってきた馬車に乗って、父の待つ王宮へと帰って行った。
船の旅は、冬であったのにも関わらず順調に進んで行く。
アルホートには何の問題もなく到着した。
ルイ一行は直ぐにアルホートの城へと向った。
ルミナスよりも北に位置するアルホートは寒さの為に空気が冷ややかであった。
そんな空気は景色を鮮やかに見せる。
「ここが、アルホート城ですか。ルミナスとは大違いだ」
ルイがアルホートに来たのは今回が初めてである。
ガナッシュには何度か訪れたのだが、やはりアルホートは遠い。
「白い鳥の城、と呼ばれています。いつ見ても美しい城です」
アンドレアの説明に、アンリは頷いた。
「息子から聞いてはいましたが、やはり美しいですね」
アンリの息子エドワードは、アルホートで暮らしている。
なので、仕事が落ち着いたら、息子を訪ねるつもりなのだ。
「叔父上、エディは元気なのですか?」
「ああ、奴は人生を楽しんでいるよ。今は宝石の採掘に夢中らしい」
「それは、ロマンですね」
「まぁ、そうだね。一体誰の血を受け継いだのか…、いや、わかっているんだ」
アンリの祖父、前スタッカード公爵は破天荒な人生を過ごした。
エディにはその血が濃く入ったのであろう。
だとすれば、止める事など出来ない。
アンリの苦笑いは、どこか楽しそうでもある。
城では王と娘の出迎えを受けた。
「ルイ殿、遠い所からわざわざお越しいただいて申し訳なかった」
アルホートの王の言葉にルイは答える。
「いいえ、一度は伺いたいと思っておりましたから」
「これは嬉しい言葉だ。なぁ?」
そういった王は隣の少女に話しかける。
「はい!お父様。ルイ様は、」
群青でもなく、赤紅でもない、そんな瞳の持ち主がルイを見た。
「とっても素敵な方です」
小さい少女はそういうと、少し顔を赤くしてルイを見る。
「嬉しいよ?君が?」
「いや、この子は私達の次女のジュリアです。ルイ殿の相手のマルガッテはちょっと体調が良くないらしくて、この場には来られなかったのです」
「そうですか…、」
少女が申し訳なさそうに謝った。
「ルイ様、すみません」
「君が謝る必要は、ないよ?」
「けど…」
ルイは少女を優しく見詰めた。
「けど、ルイ様って肖像画よりも素敵で、お優しいんですね?」
「そう?」
「はい、お姉様がいないって知っても、変わりませんもの」
「それは、君の笑顔が可愛いからだな、きっと」
少女の顔が赤くなった。
王は嬉しそうに娘の自慢をする。
「ジュリアは笑うと可愛いのですよ。この子の笑顔があれば、私は頑張れるんです。あ、親馬鹿ですね?これは申し訳ない」
「構いません。本当に笑顔がいい。ここに滞在するのが楽しみだ。あ、いや、姉君にも、お会いしたいものです」
「それは、当然の事。今日はゆっくりお休みいただいて、明日、顔合わせの食事会を、是非」
ルイはアンリを見た。
アンリが頷き、答える。
「陛下、その日程で了承いたしました。それではお言葉に甘えて、本日はこれにて」
「うむ、それでは、明日」
ルミナス一行は滞在するエリアへと移っていった。
次の日には、王家同士の顔合わせとなる昼食会が行われた。
ルミナスからはルイ、アンリ、アンドレアが。
アルホートからは、王、王妃、第一王女、第二王女が、出席した。
「こちらの2人は俺の叔父と義兄ですから、身内と思ってくださればいいです」
「なるほど、そうでしたか」
アルホートの王は気さくに答えた。
どうやらここの王家は格式よりも親身になって話すのが習慣になっているらしい。
ルイは少しホッとした。
妻となる女性が気取った女性ではないような気がしたからだ。
そして、相手となる娘を見る。
マルガッテ、15歳。
噂通りの美しい少女であった。
ルイと並べは美男美女のカップルとして、肖像画が飛ぶ様に売れる事だろう。
けれども、彼女は俯いたままで、ルイと視線を合わせ様としない。
その違和感に、ルイはおろかアンリもアンドレアも気付いてしまう。
アンドレアが前に座っていたルイの相手となる第一王女に声を掛けた。
「マルガッテ様、具合でも悪いのですか?食が進んでいませんが?」
マルガッテは慌てて顔を上げた。
「いえ、その…」
「娘は、ルイ殿に会って緊張しているのですよ。そうだろう、マルガッテ?」
「あ、そ、そう、です」
話が途切れがちになる。
すると昨日会った幼い少女が話題を変えた。
「ルイ様、ルミナスには、雪が降るのですか?」
姉の横に座った少女が微笑みながら声を掛けたのだ。
愛くるしい表情が、ルイを見詰める。
思わず近しい人間との口調になってしまったのだ。
「降るよ、けどね、積もることはないんだ」
「そうなのですね。アルホートとは違うのね、ね、お姉様?」
「そ、そう、」
「アルホートよりも暖かいみたいよ?お姉様は暖かい場所がお好きだって言ってだから、きっと、ルミナスを気に入るわ?」
姉を気遣う少女の姿にその場が和んだ。
で、あったのにである。
「そんなことない…気に入るなんて…」
「お姉様?」
「ルミナスになんか、そんなところになんか…」
マルガッテと呼ばれる少女はいきなり立ち上がってしまった。
「どうしたの?」
母の言葉を遮るように、大きな声で叫んだ。
「私、行かないんだから!」
隣の母親が宥めようと、その手を掴んだ。
「お座りなさい。皆様に失礼よ?」
「お母様、私、ルミナスになんか行きたくないって、言ったでしょ?聞いてくれてたわよね?」
「マルガッテ、貴女…、昨日からそんなことばかり…、そんなに嫌なの?」
「私は、私は…」
マルガッテの目からは涙が零れた。
ボロボロと零れ落ちる涙だ。
ルミナスの人間達は、黙っているしかなかった。




