えぴそーど 73
新年の舞踏会。
アンドレアのお披露目は華々しく行われた。
揃いの紫紺の衣装はため息を持って迎えられたし、仲の良い2人に憧れるものまで現れたのだ。
そんな最中ではあったが、ルイを悩ませていた問題が表面に現れた。
王妃の座を争う娘達の喧嘩である。
幸いな事に、会場では起こらなかった。
だが、王宮の庭で、事もあろうに娘達は喧嘩を始めた。
その騒ぎは会場にも伝わり、雰囲気を乱してしてしまう。
王にも報告がされる。
「わかった、ポポロに任せる。穏便にな」
「はっ!」
アリスが心配そうに尋ねる。
「お父様?」
「気にするな、今、ポポロが向った」
新しく婿になる大臣見習いのアンドレアがお伺いを立てる。
「私も参りましょうか?」
「婿殿は主役だ。ここにいるといい」
「そうよ、アデュ。私の側から離れないで?」
「わかったよ」
3人の顔は微笑んだままで交わされた会話であった。
さて話はその少し前の頃の城の庭へと移る。
ルイは2人の女性と共に、会場の外の庭にいた。
外はまだ寒いけれども美しい庭が松明の明かりで見えるようになっている。
3人は庭を眺められる場所にある椅子に腰掛けていた。
ルイとしては、本当は1人でここに来たかったのだが、女性達が離れなかったのだ。
仕方無しに1人に話しかけた。
「ルファー殿の髪飾り、似合っているね?」
「ありがとうございます、母から譲られたものですの」
「まぁルイ様、ルファー様の髪飾りも素敵ですけど、私のネックレスはどうですの?」
「うん?もちろん、だよ。アンジェリク殿、綺麗だ」
「それじゃ、私はネックレスだけが綺麗みたいですわ、そうですの?ルイ様?」
「そんなことはないよ。アンジェリク殿。そのドレスも似合っているよ」
「なら、良かったわ。ルイ様の為に仕立てたんですもの」
「そう、それはすまなかったね。けど、ルファー殿のドレスもいいな」
「ありがとうございます。派手派手しい色よりも私にはこちらの色が似合うような気がいたしましたので…」
どちらもどちらである。
「あ、そう…」
とルイは返事するしかなかった。
しかし、アンジェリクと呼ばれた娘は不貞腐れたように言葉を続けた。
「まぁ、そんな地味な色がお好きだなんて、変わってらしゃること」
「このドレスを地味だなんて仰るの?…驚きました。この色が地味に見える方がいるなんて…」
「それは、どういう意味かしら?」
「意味って、なんと申し上げたらいいのか。だって、それすら、存じない方に何を言っても無駄ですもの。そうでしょう、ルイ様?」
話を振られても困るルイ。
色の事など知らないのだ。
なんとか丸く収まるように答える。
「人、それぞれだからね…」
「そう、さようでございますね。さすがルイ様ですわ。色の由来を知らない方にもお優しいなんて、真に名君の器でございます」
「…、」
「やはり、ルイ様に相応しい知識を持った方が妃になられた方が、ルミナスの為でございますものね、」
ルファーと呼ばれた女性も、大概である。
「それは、何?私が妃に相応しくないと、そう言うの?」
「ご自分でそのような事を口にするなんて、恐ろしいですわ…」
「まぁ、2人とも…」
「いいえ!ルイ様、この様な偉そうな女を側にいさせるなんて、良くないです!」
「まぁ、本当に恐ろしいわ。ルイ様に指図するなど…」
「指図なんか、しないわ!」
「気付いてないの?ルイ様が迷惑だって思ってらっしゃるのよ?」
「そんな、こと!」
ルイはこんな時に言葉を出すほど、愚かではなかった。
それなりの場面をくぐってきた事を、その経験を無駄にしてなかった。
控えていた侍従が、走ってくる。
心得たように決まりきった言葉を掛ける。
「殿下、陛下がお呼びです」
ルイは急な呼び出しに驚いた風を装って言葉を残した。
「それは大変だ!申し訳ないが、失礼するよ」と偽の伝令でその場から消えることにする。
令嬢達は思わず不満げに声を発した。
「「ルイ様!」」
2人はルイの後ろ姿を未練がましく見送った。
普通ならばここで終るような出来事であった。
けれどもである。
今夜の2人は、熱かった。
ルイが居なくなっても、罵りあいが続いたのだ。
「貴女が厚かましいから、殿下が嫌になられたのよ、きっと」
「冗談じゃないわ!だいたい、貴女、なによ!まるで自分が妃殿下に相応しいって行ってたくせに。そんな顔で言ってればね、何を謙遜したって全部ばれているのよ?」
「失礼だわ。私は貴女と違って、自分からは言いませんもの!」
「ほら、認めた!」
「認めてません!」
「なによ!」
思わずアンジェリクが手にした扇でルファーの腕を叩いた。
「痛い!酷いわ!」
「なにが、痛いよ!貴女のせいでルイ様が消えたのよ、責任を取ってよね!」
「それは違うわ!貴女が消えないからよ!」
今度はルファーがアンジェリクの腕を取り抓りあげた。
「痛いじゃない!」
「五月蝿い!」
「なによ!」
程なく、ドレスを引っ張るやら、髪を掴むやら、声が響き渡るやらの喧嘩が続いた。
そんな騒ぎに、周囲も慌しくなる。
慌てて見に来た者。
親族らしい止めようとする者達。
警備の人間は、どう手を出して良いのかわからずに呆れて見ている。
ポポロ・ライゲル左大臣が、この場に到着した。
「貴女達、みっともない!それでも、貴族の娘ですか!」
こんな時のポポロの声は大きくてよく響く。
驚いた2人は互いに手を止めた。
「今夜は王国主催の新年の舞踏会です。この様な場で、この様な騒ぎ!罰が下ると知りなさい!いいですね!」
左大臣の剣幕に、さすがの2人も涙目になる。
そこへ2人の両親が飛んできた。
「ライゲル様!何卒、お許しを」
「そうです、家の娘は巻き込まれたのですぞ!」
「なんだと、そっちが、家の娘を陥れるために、」
「なんだ!そっちだろう!」
「ふざけるな!大体、娘が娘なら、親も親だ!」
「その言葉、そっちにそっくり返してやる!」
ポポロは言わせるだけ言わせてから、再び怒鳴った。
「いい加減になさい!」
再び、場が静まった。
「言いたい事があるのならば、ゆっくりと聞きます。今、案内しますから」
と護衛の兵が呼ばれた。
「この方たちを、搭へ」
全員の顔が引きつった。
搭、である。
牢獄の事だ。
「そんな!」
「そうですよ!」
「大人しくなさい!冷静に話を聞くには1番です。いいですか、陛下もお怒りになられてます。自分達のした事の大きさを知りなさい!さぁ、この者達を全員、搭へ。連れて行ってください!」
出来事は大げさに収拾した。
再び音楽が聞こえだす。
舞踏会は何事もなかったかのように続き無事に終了した。
だが、搭に1泊した面々は、ションボリとして次の日に各自の屋敷に戻っていったのだ。
後日、ポポロ・ライゲル左大臣が王に顛末を報告していた。
「しかし、そこまで大げさにしなくとも良かったのではないか?」
「いいえ、そうは参りません。カナコ様の後を継がれる女性の話です。あの様に人前で喧嘩するなど、ありえません」
「しかしなぁ…」
その場にはルイ、アンリ、アンドレアがいる。
「そうでなくても、殿下に色仕掛けを仕掛けてくる愚か者が増えているのです」
そうである。
そろそろ世継ぎに、婚約者が居なくては収まりがつかなくなっていのだ。
王は息子の気持ちを尊重しようと声を掛ける。
「ルイ、誰かおらんのか?」
「いたら、苦労しません」
「お前も、館通いばかりしておるから…」
突然の追求に、ルイは慌てて父親に釘をさした。
「父上、何も今ここで、それを…」
「ああ、すまぬ」
王は素直に非を認める。
その場にいた全員がため息をついた。




