えぴそーど 7
アリスの絵がカフェ・マリーに飾られるようになったのは、ホンの偶然からだった。
元々、アリスにはそんなつもりはなかった。
自分が納得のいく絵を描いているだけで満足だったのだ。
製作者には2通りが存在するだろう。
自分が納得のいくものを製作して満足する人間と、その作品によって評価を受けて満足する人間だ。
アリスは前者である。
家族に丘の上の絵を渡したあの日。
父から丘の上の屋敷を譲られたアリスは、本格的に丘の上をアトリエとして絵を描く決意をした。
それは売る為の絵ではなく、自分と対話をするための絵であった。
普通の人間ならば、その様な贅沢な制作はしたくても出来ない。
だが、そこは王女。だから、アリスには許された。
キッカケをくれた伯母に感謝の気持ちを贈ろうと決めた。
マリーの為の絵を手にして、カフェ・マリーを訪れた。
目の前の伯母にその気持ちを伝えると助言をくれる。
「ならそれでいいじゃないの?」
「うん、そうするわ。けど、伯母様のお陰よ?」
「それは違うわ。アリスが自分で導いた答えだもの」
カフェ・マリーの例の部屋は王室とその親族の専用スペースとなっていた。
もちろん、防音も対策されている。
アリスは自由にお喋りを楽しめるのだ。
「だって、丘の上を描くなんて、思いもよらなかったのよ。きっと、伯母様だから思いついたんだわ」
「そうかしら?」
「そう!でね、これを受け取って?」
「あら?丘の上の庭?」
「うん。居間から見た景色なの。きっと、伯母様達も見た事があると思って描いてみたのよ」
マリーは包みを丁寧に剥がして、現われた絵を見詰める。
それは、あの居間からの景色だ。
マリーは初めてあの場所を訪れた時を思い出した。
そうそう、フィーったら自慢げにこの景色を私に見せたわね。それも陛下と一緒に見ないと意味がない、なんて惚気て…。
思わず涙が零れた。
「マリー伯母様?」
慌てて涙を拭った。
「ご、ごめんなさいね、思い出しちゃって…。フィーがね、自慢げにこの景色を見せてくれたの」
「お母様が?」
「そうよ、陛下と一緒に見る景色が1番綺麗だってね。もう馬鹿みたいに惚気て…ね。」
「全然変わらなかったのね…」
「そうよ、周りは疲れたわ、まったく。…、けどね」
「なに?」
「フィーみたいに生きた女性はいないわ。私の自慢の妹よ」
「伯母様…」
「アリス、貴女の両親を誇りなさい。いいわね?」
「はい」
アリスは自分の母を誇りだと言ってくれる伯母が大好きだった。
しかし、話はそれで終らなかった。
「この絵、ここに飾ってもいいかしら?」
「伯母様にあげたんですもの。伯母様の好きにして下さって良いわ」
「じゃ、いいかしら?」
と責任者が呼ばれた。
「はい、マリー様」
「この絵、あそこに飾ってくれない?」
「畏まりました」
彼女の妹の依頼で作られた部屋に、アリスの描いた絵が飾られた。
「うん、いいわね…」
マリーは満足気に呟いた。
その顔が嬉しそうになる。
アリスは自分の描いた絵がこうやって飾られて、伯母が嬉しそうにしているのを見ると、今までに無い嬉しさが込み上げることを知った。
人に絵を見てもらう喜びを知ったのだ。
「ねえ、アリス?」
「なあに、伯母様?」
「貴女の描いた絵を、店に飾らしてくれないかしら?」
「私の絵を?」
アリスの瞳が輝く。
マリーは自分の判断が正しいと確信した。
「ほら、店の雰囲気にぴったりでしょ?もちろん対価は支払うわ」
「伯母様、いいの?」
「決めたの。ここだけじゃなくて、支店にも飾るわ。何枚描いてもいいわよ、持ってきてね」
「うん!お言葉に甘える!」
「そうしなさい。だって、こんなにも合うですもの。うん、いいわ」
マリーの頭には各支店に飾られていくアリスの絵が想像されている。
「作者は、そうね、ルミナス郊外に暮らしている商家の娘。そういう事にしない?」
「うん、そうなら誰も嫌な思いしないわよね?」
「ええ、別に売るわけじゃないし、聞かれたらそう答えておくわ」
「お願いします。なんか励みになるわ」
「頑張って描いてよ?」
「はい、伯母様」
こうして、各地のカフェ・マリーにアリスの絵が飾られるようになった。
この絵を見たさにカフェ・マリーを訪れる人間が現われるようになるなど、アリスは想像もしていなかった。
この絵がこれからの人生に関わってくるとは、知らなかったのだ。