えぴそーど 69
日が過ぎていった。
アンドレアは目覚めることなく、眠り続けていた。
この日も、アリスは1人で付き添っていた。
何も言わないで、アリスはアンドレアの手を握っていた。
そうしないと彼がどこかに行ってしまいそうで怖かったのだ。
冬の晴れた日。
風が止んでいるのか寒さは緩やかであった。
「う、」
声がした。
「う、、、う、、」
「アデュ?」
アリスが握る手に力を込めた。
微かに返ってくる。
「アデュ?私、ここよ?」
「あ…」
眩しいのか、目が開けずにいるアンドレアであったが、気がついたのだ。
その手が誰であるか、を。
「アデュ…、」
アリスはアンドレアの頬に手を掛けた。
「良かった…」
「う、」
痛みがあるのだろうか、辛そうに声を出した。
「まだ、痛む?」
ようやく口が動く。
「すこし、けど、…」
「うん…」
「だいじょうぶ、だ」
「うん!良かった…」
ようやくアンドレアの瞳が開き、赤紅がアリスを見た。
何かを言おうとするのをアリスが止める。
「喋らないでね?今、先生を呼ぶから…」
アリスに呼ばれた医師が、慌しく部屋に入ってきた。
「お目覚めになりましたか?」
丁寧にアンドレアの傷を確認する。
医者はニッコリと笑って診断を下した。
「アリス様。アンドレア様は、もう大丈夫です」
「良かった…」
「ただ傷は塞がっておりますが、体の中の傷が回復するには時間が掛かります。もう暫くこのままで養生をして下さいませ。よろしいですね?」
ようやく言葉が出せるようになった彼だ。
「あ、ありがとう」
「先生、ありがとうございます」
医師は早々に引き上げる。
しばし2人きりになったなったから、互いに見つめ合っていた。
そこに、連絡を受けたルイがアンリと共に現れた。
「アンドレアさん、大丈夫ですか?」
「殿下、ご心配を…おか、けして…」
「いいから、挨拶は無しです。寝てて下さいね?けど、安心しましたよ。姉様、良かったですね?」
「ええ、本当…」
アリスはアンドレアの手に触れたままで離そうとはしなかった。
その姿が微笑ましい。
アンリはホッとしたのだ。
「アンドレア殿。ゆっくり治してください。後のことは、それからで大丈夫ですからね?」
「アンリ殿、申し訳ありません。せっかく、貴方の下で働けるというのに…このようなことに…」
「気にしないことです。それよりも、犯人達を捕まえましたよ」
「そうですか…」
そのままアンドレアは黙り込んでしまった。
「気にしてるのですか、ビリーという男の事を?」
「そうですね、友人だと思ってましたから…」
「まぁ、そうかもしれません。けれども、罪は罪ですから」
「はい」
当然の様に、男を雇った人間も捕まった。
自らは手を下そうとしなかった卑怯な貴族の男は、1番重い刑となる。
それは当り前の事である。
アリスの看病は毎日続いた。
ずっと2人きりでいられることが、アンドレアを元気にしていく様だ。
そして、当然の事の様に、例の口調も復活した。
日の始まりから、ずっとアリスに囁いているのだ。
「アリス、綺麗だね」
「アデュったら」
「綺麗なのは事実だから、仕方が無いよ?」
「もう…、けどね、」
「どうしたの?」
「嬉しいの。アデュが生きてくれているから、嬉しいのよ…」
そういったアリスの瞳に涙が浮かんだ。
「私は、またアリスを泣かせたのかな?」
アリスは不機嫌な声で答える。
「そう!またよ?分かってくれてる?」
「もちろんだよ。悪かった。だから私が元気になったら、償わないとね?」
「そうしてね?約束よ?」
「ああ、いいとも」
その言葉に、アリスはアンドレアの瞳を見て言うのだ。
「私の言う通りにしてくれる?」
「もちろんだよ。アリスの言う通りにしよう」
なんの照れもなく、紫紺の瞳が真っ直ぐに愛しい人を見詰めた。
「じゃね、元気になったら、ね、アデュ?」
「なんだい?」
「私を抱いて?」
「え?」
今度は、思わず起き上がりそうな勢いでアンドレアがアリスを見詰めた。
「今、なんていったの?」
「私を、抱いて欲しいの」
それはハッキリとした言葉で告げられた。
「アリス…」
「もうこれ以上、貴方がいなくなるなんて考えたくもない。そんなこと、嫌で堪らない。けどね、人はいつか死ぬわ。それにね、私のお母様のように、自分が死ぬ時期を知っている人間なんていないもの。いつ私達が離れ離れになるか、わからないでしょ?だから、貴方に抱かれたい。そうされたいの…。後悔したくないの…」
アリスの言葉が不思議なためにアンドレアは質問するしかなかった。
「アリス、妃殿下が死ぬ時期を、知っていたの?」
「そう、お母様は不思議な生を与えられた人だったから。だからお父様がお母様についてあれこれ語るのを禁じたの」
「そうだったんだね…」
「そうよ。でもね、アデュには知って欲しいわ。だってお父様もお許しになっているもの」
「アリス、その不思議な話を、今、聞いてもいいかい?」
アリスは寝ているアンドレアの頬に手を掛けた。
「じゃ、答えて?私を抱いてくれる?」
アンドレアは両手を伸ばした。
アリスの体を引き寄せる。
「ああ、君を抱き上げられる程に回復したら、ね。必ずだよ」
アリスはアンドレアの匂いに包まれて、安心できた。
「うん、嬉しい」
そう言ったアリスの唇がアンドレアの唇に触れた。
言葉は暫く無かった。
アリスは母の話をアンドレアに聞かせる。
アンドレアは驚きながらも全て聞き、そして、アリスに言ったのだ。
「そんなに深い愛が存在したんだ…。陛下はきっとお幸せだったんだろうね」
「ええ、父と母は本当に愛し合っていたの。子供でも分かる位にね」
「凄いな。けれども、」
「うん?」
「敵わなくてもいいから、私達も素晴らしい夫婦になろう?」
「そうね、そうしたいわ」
この2人も充分に愛し合っている。
伝わる空気がそう告げている。




