えぴそーど 67
その女性は満面に狂気じみた笑みを浮かべて、嬉しそうに叫びながら笑う。
「さぁ!行きましょう!」
そう言いながら近づいてくるのだ。
彼女とアンドレアの間に立っているビリーが大声を出す。
「ナターシャ、なんで来たんだ?宿に居ろって言っただろう!」
そう言って、妹を嗜めた。
「お兄様。何を言うの?アンドレア様がいるのよ?だって、私、アンドレア様に会いたかったんだもの!会いたくて、会いたくて…、我慢できなかったのよ!」
アンドレアは思わず後ずさりした。
無言のままであった。
「…、」
「アンドレア様!行きましょう!!向こうに私達の家があるんですって!一緒に暮らして、一緒に!」
その目はアンドレアを見ていたのだが、何かが変であった。
アンドレアは逃げる事にした。
冷静に友人である、いや、そうであった男に言った。
「ビリー、話が通じる状態じゃない。失礼するよ」
「それは困るんだ!」
思わずアンドレアの腕を捕まえたビリーであったが、アンドレアが振りほどいたので無駄になった。
「失礼すると言っている。それでは…」
違う男性の声がした。
「待ってもらおうか?」
急にアンドレアの前が塞がれた。
男が数人現れたのだ。
その中の1人が話しかけてきた。
「ちょっと話があるんだ」
当然、アンドレアの知らない男だった。
「私にはない。失礼する」
けれども、道はあけられない。
道を塞ぐ男達はニヤニヤと笑っている。
「頼まれているんだよ」
「頼まれている?何をですか?」
「あんた、相当恨まれているのかい?何人もの貴族が、あのお嬢さんとあんたに愛の逃避行をして貰いたきたがっているんだぜ?」
「愛の逃避行?」
「どうやら心中未遂でもいいらしい。いや、未遂じゃなくてもな、いいとの話だ」
「物騒ですね…」
腕に覚えがあるのであろう。
完全にアンドレアを見下して近づいてくる。
「まあな、あんたも不幸な星の下に生まれたと思って諦めてくれ」
男たちはアンドレアを囲もうとする。
けれども、彼は無視するかのように、友人だと思っていた男に問うた。
「どういうことだ、ビリー?君の知り合いかい?」
「まぁ、そういうところだ」
「まさか君に裏切られるとはね。切ない話だ」
「…」
「いいよ、わかった」
アンドレアはビリーを見切って、男達に話しかけた。
「申し訳ないのですがね、退いて頂けますか?」
それは優しく聞こえる口調であった。
愚かな男達は退かなかった。
少し口調がきつくなる。
「私は、服を汚したくないのですよ?」
「気取りやがって、五月蝿い奴だ!」
「なに、怖くていきがっているだけだ。恐れるな!」
その言葉にアンドレアはため息混じりになる。
「いい加減に、わかってもらえませんか?」
すると何処からか声が飛んできた。
「どうせ、口だけの優男だ!行け!」
何処かで聞いた気もしたが、アンドレアは覚えてはいなかった。
それでも、決着はつけなければいけない。
「そこの人。後ろでごちゃごちゃ言ってないで出てきてください。私はこれでも腹が立っているんですよ?」
アンドレアは上着のボタンを外した。
ゆっくりと腕を上げる。
そして、最終勧告を突きつけた。
「こう見えてもね、学校での成績は優秀だったんですよ。特に攻撃魔法がね!」
確実に男達に向って魔法を、放った!
ピカーーーーンン!
物凄い光が放たれて、ぶつかる。
物騒な物音が消え、恐ろしいほどに静かになる。
倒れた男達が泡を吹いいる。
アンドレアがノンビリと叫んだ。
「隠れてないで、出てきてください!」
しかし顔を出すことなく、男は逃げていってしまった。
脱力した彼はは深いため息をついた。
「こうなったら、ビリー、一緒に城に来てもらうしかないな。一体誰が私を陥れようとしたのか、調べないといけない」
「あ、アンドレア…」
「ところで、ビリー、私の成績のこと、忘れていた訳ではないでしょう?」
「もちろんだ、けど、ここまで凄くなかったはずじゃ…」
「昔は確かにそうでした。けれども、訓練は欠かしてませんからね。当然でしょう。最愛の妻を守れないなんて、男ではありませんから」
しかしながら、2人の会話はここで止まった…。
何かが、アンドレアにぶつかったのだ。
そう、アンドレアは今までに感じたことがない違和感を体に覚えていた。
あろうことか、アンドレアは幕を張っていなかったのだ。
「あ…、これは…、」
アンドレアの腰に痛みが走った。
慌てて振り返る。
ナターシャと呼ばれている女性が、花束の中に隠し持っていたナイフでアンドレアを刺したのだ。
「アンドレア様、これで、一緒に、一緒に行きましょう!2人だけよ!」
あの女であった。
「ナターシャ!」
ビリーは慌てて妹の腕を引っ張った。
その拍子に、ナイフが外れ、血が流れ出す。
「だれか!だれか!救助を呼んでくれ!」
ビリーは叫んだ。
ここでは、数名の人間が周りを囲んでいた。
けれども彼等は遠巻きにして様子を伺うだけだ。
争いごとに巻き込まれたくないようである。
それは責められる事ではない。
その場は何も動かなかった。
それでも、アンドレアの血は流れていく。
ビリーは独り言にしては大きい声で喋り続けていた。
「俺が悪かったんだ。金が、金が必要だったんだよ…、」
そう言って、妹の腕から手を離さずにアンドレアを見続けた。
見ていただけである。
ようやく、道端にいた子供がアンドレアに近づいてきた。
オドオドとアンドレアに話しかける
「お、お兄さん、大丈夫?」
なんとか自分に治療魔法を掛けていたアンドレアは気力を振り絞る。
「おね、がいをきいてくれるかい?」
「いいよ?」
「このさきに、カフェ・マリーが、ある」
「知ってる」
「そう、なら良かった、そこの人に、アンドレアが怪我をしたって、伝えておくれ、」
「うん」
「ジンジャー、ジュースをもらうといい、おいしいから、ね」
「うん!行ってくるよ!」
子供は駆け出して行った。
ふっと我に返ったナターシャが叫んだ。
「アンドレア様が死んで、私も死ぬのよ!そうすれば、一緒になれるんだもの!」
「馬鹿!」
「馬鹿?馬鹿ってなによ?もうお兄様なんかいなくてもいい!アンドレア様がいるんだもの!」
そんなやり取りを聞きながら、アンドレアの意識は遠くなっていく。
彼は遠くなる意識の中で、アリスに話しかけていた。
自分自身に掛ける治療魔法は効かないって、本当だなぁ…、アリス…、アリス…。




