えぴそーど 66
話が落ち着いたところで、アリスとアンドレアはカフェ・マリーを出ることにした。
夜は王宮で食事の約束があったからだ。
それは、2人が店を出た時だ。
「アンドレア?」と店の影から長い金髪の男が出てきて2人の前に立った。
アンドレアは驚いた顔をして答える。
「ビリー?どうして、ここに?」
「来たんだよ」
「いつルミナスに来たんだ?お前1人だろうな?」
「酷い言われようだな」
ビリーと呼ばれた男性は不思議な顔をした。
嬉しいような、悲しいような、諦めたような顔だった。
「アルホートを出たのか?」
「まぁな、あそこでは俺は評価されることはないからな」
「…」
少し疲れた雰囲気がしてる男だった。
身を崩しているようだ。
アリスはアンドレアの腕を少し引いた。
合図に気づいたアンドレアは男をアリスに紹介した。
「あ、アリス。彼はね私の幼馴染なんだ。ビリー・ゲイズンだ」
「ビリーです」
「アリスです。お目に掛かれて嬉しいわ」
「お世辞でも嬉しいですね」
そんな自虐的は挨拶に慣れていない王女は、かろうじて笑みを保っていた。
「アンドレア、少し話したいんだがいいだろうか?」
「今からか?」
「ああ、」
アンドレアはアリスに許しを請う。
その表情はビリーと呼ばれた男に向けたものとは違い、優しいものであった。
「アリス、先に行ってくれるかい?」
「けど…」
「大丈夫、食事までには戻るよ」
「分かったわ、約束よ?」
「ああ」
そう言ってアンドレア達は歩いていってしまった。
アリスはその後ろ姿を見送った。
アリスはアリエッタと一緒に城に戻ろうとした。
その時、マリーが現れた。
「アリス、間に合ったわ。良かった…」
「伯母様?どうかなさったの?」
「もう少し話があるの、絵のことで」
「絵の?」
「そう、いいアイディアが浮かんだの」
「まぁ!どんな?」
「続きは中でね?」
マリーはアリエッタも誘う。
「アリエッタさんも、一緒に来て下さらない?意見は多い程いいわ」
「しかし…」
「アリエッタ、そうしましょうよ。伯母様、私、咽喉が渇いちゃった」
「いいわよ、新しいメニューを試してみない?」
「賛成!」
賑やかに例の部屋に戻る。
幼馴染の2人はルミナスの城下街を歩いて行った。
それは、段々と建物が荒れて行くような方向へだ。
「ビリー、何処へ行くんだ?」
「何処って…」
そう言ったビリーはキョロキョロと辺りを見渡している。
誰かを探しているようであった。
「どうした?」
「お前に会わせたくってな…」
「会わせたい?…まさか、ナターシャか?」
女性の名を出したアンドレアは、立ち止まり身構えた。
「俺の妹は、お前が急に断ったから、どうしていいのかわからなくなっているんだよ。一度でいいから、会ってくれ。そうすれば、あいつも諦めるから…」
「ビリー、お前とはいい友人だと、今でも思っている。けれど、ナターシャの事は別だ、1度だって彼女の事を好きになったことはない」
「何を言っているんだ、1度は…」
「それは、友人からでいいから付き合ってくれ、とお前に言われたから、だ。…、お前の為だったんだ。けれど、無理だ。それはお前にも話したじゃないか?」
「ああ、そうだった。けれども…」
「ビリー、無理なものは無理だ。今さら彼女に会いたいとは思わない」
その言葉にビリーの声が大きくなる。
「逃げる様にルミナスに消えた癖に、酷いだろう?ナターシャは驚いて諦めきれないでいるんだ。断るのならば、会って断ってくれ」
「断っただろう!」
珍しくアンドレアが大声を上げた。
「ちゃんと彼女に言葉で断った。これだから、私の母が絡むのが嫌だったんだ。それなのに、彼女は母を唆した。そして色々と噂をばら撒いたのは知っている。これをなかったことにしただろう?それで終わりにしてくれ!」
アンドレアの怒りを宥めようと男が言う。
「アンドレア、そう、怒るなよ」
「怒って当り前だろう?私にはアリスという生涯を誓った女性がいるんだ。誤解を招くような行動はできない」
「わかった、だから、とりあえず、1度…たった1度でいいんだ」
「ビリー…」
ビリーはそう言いながら周りを気にし続ける。
アンドレアは周りを見渡した。
空気が悪い場所だ。
アンドレアは自分の気分まで害されたようになる。
門が見えた。
嫌な感じがする。
良くない場所への入り口のだ。
そして、その門をくぐると出て来れない様な気にさせる門であった。
「ビリー。ここまでだ。会えて良かったよ。じゃ…」とアンドレアは元の道を引き戻そうとした。
「待ってくれ、ほんの少しでいいんだ」
「ビリー、私はね、妻と決めた女性に忠実でいたいんだ。分かってくれないか?」
「けれども、アンドレア。ポッと出のお前をルミナスの気位が高い貴族が許す訳ないだろう?」
「ビリー?何を言っている?」
アンドレアの不思議がる気持ちも分かる。
アルホートに済んでいた男が、ルミナスの事情を知っている方がおかしい。
けれども、そんな疑問を全てを消してしまう人間が突然現われた。
この場に、叫びながら現われたのだ。
「アンドレア様!」
突然だ。
その門から女性が出てきた。
真っ白のドレスを着て、手には花束を持って…。
「会いたかったの!!」
満面の笑みに軽やかな足取り。
けれども、その顔は、ほのかに正気を失っているように見えた。
どう表現すれば、この気持ち悪さが伝わるのだろうか。
そう、これだろう。
彼女は自分の世界の中でだけ、生きている感じがした。




