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えぴそーど 65

また別の日の事である。




2人はジェシカの店で最終の打ち合わせを終えて、この場所に立っていた。


「さぁ、アデュ。入りましょう?」

「ああ、アリス。楽しみだな。本店だよ?」


カフェ・マリーの前である。


「もう、子供みたいなんだから」

「君の前では子供でいいよ」

「アデュったら…、」


当然ながら手を繋ぎ、恋人の距離の2人である。

アンドレアのエスコート振りは慣れている。

その事にアリスは触れた事がなかった。

出会う前の事を気にならないと言えば嘘になるが、敢えて聞いてはいなかった。


店に入ると小さな声がした。


「ねぇ、ほら…」

「ほんとう…」


店内は2人の姿を認めて、空気が変わった。 

けれどもそこは城下街の人間である。

少しのざわめきはあったが、見てみぬ振りはお手の物だ。


「アリス!」


この店の主、マリー・ハイヒットがアリスの名を呼ぶ。 


「マリー伯母様、ご無沙汰したわ」

「本当よ、ご無沙汰だわ。で、こちらの方ね?」

「うん、そうなの」


当然の様にマリーはアンドレアの名を呼んだ。


「さあ、アンドレア様。こちらへ」

「アリスから聞いていた通りの素敵な方ですね?マリー殿。もっともこれからは、私には『様』は無しでお願いします」

「あら、まぁ…、」


マリーは早速、彼の言葉に驚く。

いろんな情報がマリーの下にもたらされていたのだが、想像よりも甘い言葉であったからだ。


「アリスが好きになるだけの方ね?」

「伯母様、意味が分からない…」


そう言いながら、なんとなく心当たりがあるから、黙ってしまうアリス。


「さぁ、ゆっくりと話を聞かせてもらうわよ?」

「お手柔らかに、お願いしたいですね」


一行はそんなお喋りをしながら、例の部屋へと入って行く。

3人が姿を消した途端に、店が騒がしくなった。


「見た?」

「うん、見たわ」

「ああ、アンドレア様。素敵よね…?」

「そうよね。独身でいらしたから、言い寄る女性も多かったって聞いたわ」

「けど、悔しいけど、お似合いよね?」

「そうよね、アリス様には誰も敵わないもの」

「アンドレア様の心を射止める理由がわかるものね」

「そうそう、そういえば、新年の舞踏会でのお披露目の話、知ってる?」

「もちろんよ!」

「ジェシカが他の注文を断って、お2人の為に衣装を作っているんでしょ?」

「そう!」

「あ~あ、凄いわ…」

「はやく、見たい!でしょ?」


噂話にはキリが無かった。


その店の外に、目立たないように隠れて長い金髪の男がいた。

髪が長いのは意識して伸ばしたのではないようだ。

彼は、ただアンドレアだけを見ていたのだ。


無言で、なぜか悲しそうに、だ。





さて、3人は例の部屋で賑やかに話を始めている。

マリーは勢い良く尋ねるのだ。


「さぁ、話を聞かせてもらうわ」

「伯母様ったら、そんなに乗り出して聞かないで、ね?」

「そうは行かないわよ。アンドレアさん、いったい、どうやって陛下を納得させたの?」


涼しげな顔のアンドレア。


「別に変わった事などしてませんよ?」

「そうかしら?ルイがね、アンドレアさんは凄いって散々言ってたのよ?」

「え?ルイが?」

「そう、最近ね、良く来てるの」

「まぁ、知らなかったわ」


マリーがクスっと笑った。


「いいじゃない、知らなくたって」

「女性と一緒なの?」

「まぁ、そんな所。けどね、その時は、この部屋には来ないの」

「どうして?」

「何人かの女性と来るけど、ね、10分程話してから1人でここに来るわ」


マリーは女性が帰った後で、この部屋に来る疲れた顔のルイを思い出した。

そんな時は、しばらく1人にしてやるのだ。


「ルイも色々と大変なのよ、きっと」

「どう大変なのかしら、何にも言わないのよ…」

「詮索しないのよ」


アンドレは同じ男として、ルイに同情的に意見した。


「そうだよ、アリス。殿下はお忙しいんだから」

「そうだけど…、ううん。そうね、わかったわ」


無理矢理納得するアリスである。

そこにジンジャージュースが運ばれてきた。


「これこれ、嬉しいなぁ。1度飲みたかったんですよ」

「アリスがね、貴方に飲んでいただきたいって言うから、用意したわ」


アンドレアがアリスを見て微笑む。


「アリスが?嬉しいよ?」

「だって、アデュの喜ぶ顔が見たかったもの」


眩しいくらいの笑顔が、アンドレアだけを見詰める。

暫く時間が止まった。


「もう、この2人は…。私もここにいるのよ?」


マリーの言葉に、2人は世界から帰ってくる。


「あ、申し訳ない」

「ごめんなさい、伯母様…」

「仕方ないわね、今が一番ラブラブな時期ですものね」

「ラブラブ?」


初めて聞く言葉に、アンドレアが怪訝そうに言った。


「これはね、お母様の口癖なの。直ぐにね、そう言ったの」

「そうそう、私とデュークさんが一番ラブラブなんだから!ってね」

「伯母様、そっくりだわ!」

「そりゃそうよ、フィーは妹だもの。似てて当たり前よ」

「そうよね」


アンドレアがクスクスと笑っている。


「なに?」

「いや、ね。時々アリスが大胆になるのは妃殿下譲りなんだなって、分かったからね…」

「大胆?まぁ、もうそんな所まで?」

「マリー伯母様!ま、まだよ、そんな、ちゃんと、ね、ちゃんと…」

「マリー殿。正式に式を挙げるまでは、ですよ」

「あら、アンドレアさんは紳士ね。陛下とは大違いよ」


2人は顔を見合わせている。

マリーは慌てて言い訳をする。


「あ、言い過ぎたわね…」

「お父様が?」

「まぁ、ね。再会したのがフィーが14歳の時だったでしょ…」

「再会?」


アンドレアの不思議そうな声に、マリーが答えた。


「アンドレアさんは詳しい話を聞いてないわよね?」

「そうですね」

「今度、アリスに聞くといいわ。あの2人の不思議な物語をね」


マリーが仰々しく言う。

アリスもである。


「アデュ、そうしてね?」


触れていた手に少し力を込めた。

それほどまでに、デューク王は最愛の妃の真実の出生を公言することを禁じた。

意味を悟ったアンドレアは頷いた。


「わかったよ。けど、と、言うことは?」

「妃殿下になったのは16の時。でもね、陛下はフィーを離そうとしなかったし、フィーも決して離れなかった。そう、婚礼の前からずっと同じ寝室だったわよ、当然の様にね」

「あ、…」


アリスの顔が少し赤くなっていた。


「まぁね、それはアリスには出来ないこと。それでいいじゃない?」

「伯母様…」

「アンドレアさん、お辛いでしょうけど、」

「マリー殿」

「なにかしら?」

「そのくらい、大丈夫ですから」


またもや、涼しい笑顔で答えた。


「あら、男らしいこと」


そして、マリーはアンドレアに敬意を表する。


「アンドレア様、貴族でもない私が過ぎた事を発言してしまい申し訳ありませんでしたわ」

「マリー殿。やめましょう?私はちっとも気にしてませんから」

「けどね、こんなオバサンの言葉はきついでしょう?」

「いえいえ、アルホートの母に比べれば…」


その言葉にマリーはアリスに同情気味に言った。


「まぁ…、アリス。大変そうね?」

「けどね、伯母様。ルミナスのお義母様はね、お優しいの」

「そう、」

「父の後妻になるんですが、出来た女性です。それに引き換え…、いや、止めましょう。根はいい人間なんです。ちょっと方向が違うだけでね」

「そう、まぁ、色々な方がいて当然だから」

「ありがとうごさいます」





四方山話はそれからも続いた。





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