えぴそーど 64
アリスとアンドレアの婚約が正式に発表された。
お披露目は新年の舞踏会と決まった。
ルミナスでは新しい年を、王族と民が共に迎える。
城の前の広場にはルミナスの民が集まって、振舞い酒や屋台の名物で賑やかに騒ぐ。
城では華やかに舞踏会が行われる。
その舞踏会でアンドレアはアリスの婚約者としての初披露となる訳だ。
喜びを身に纏ったアリスはどんなに美しい出で立ちで現れるのか、そんな噂が既にルミナスを駆け巡っている。
もちろん、ヤッカミに満ち溢れた噂も同時に巡った。
アンドレアはルミナスに来て日も浅い。
なのに、アリスの愛を勝ち取ったのだ。
横から来て掠め取られた気分の貴族が少なからずいた。
父の後を継ぐのだが、いきなり左大臣であるアンリ・スタッカードの下で働くという。
それは望んでも与えられない仕事であった。
そう、アンドレアに嫉妬するルミナスの貴族もいたのだ。
さて、新年の主役である2人はジェシカの店を訪れていた。
アリの店はいつの間にかジェシカの店と名前を変えていた。
それは時代の流れなのだろう。
新年の舞踏会で2人は揃いの紫紺の絹に身を包むことに決めた。
紫紺の色は特別な意味を持つ。
王妃のドレスには紫紺が多かったからだ。
王妃エリフィーヌが紫紺の瞳であったために、紫紺は彼女の色として尊重される。
彼女の娘達もその瞳を受け継いだ為に、今では紫紺はセーラとアリスの色であるとルミナスでは認識されていた。
その紫紺を身にまとうという事は、アンドレアがアリスの婚約者だと宣言したのと同じなのである。
しかしながら、だ。
紫紺は、大概、男性には似合わない色だ。
だが最初に紫紺を身に纏うことを決めたのはアンドレアである。
3人は無言で机の上を見ていた。
沢山の生地見本と数枚のデザイン画。
ようやく、生地見本を前にしてジェシカが言う。
「アンドレア様。紫紺は男性が身に纏うには、その…」
濁した言葉の先を、彼が言う。
「女性っぽい、ですか?」
「はい、どうしても力強さに欠けますので」
うむ、っとアンドレアは考え込んだ。
確かに紫紺という色は独特な色だ。
女性でもセーラやアリスが纏うから似合う色だ。
真似をして紫紺のドレスを着ている女性を見かけることがあるが、大概、着こなせていない。
迷った挙句に、アンドレアは断言する。
「けれども、やはり、2人で同じ色にしましょう」
堂々と力強くだ。
アンドレアは言葉を濁す事が少なかった。
「ねぇ、アデュ?」
今では何処でも婚約者を愛称で呼ぶアリス。
「アデュは、少し色味を変えてみたら、どうかしら?」
「いや、アリス。それでは意味がないよ」
「そう?」
「そうだよ。私が君の婚約者であると披露する場だ。印象は強くないといけない」
「そう、そうね…」
アンドレはジェシカからデザイン画を受け取った。
そこには大まかな2人のデザインが記されている。
しばしデザイン画を眺めた後、希望を伝える。
「ジェシカ殿。この襟の部分をもう少し細くして、ここの角度を強めにしてみたら如何だろうか?」
アンドレアの希望に沿って、ジェシカがデザインに手を加える。
「こうでしょうか?」
見せられたデザイン画を確認し、引き締まった感じにアンドレアは満足する。
「素晴らしい。やはりジェシカ殿は最高の仕事をする人だ。ね、アリス」
「ええ、だってジェシカは素敵だもの」
「その通りだ。アリス、これならばいいと思わないか?」
アリスは少し興奮気味に語る彼を可愛いと思う。
「そう思うわ」
「アリスの許しが出た。ジェシカ殿、これで行こう」
「宜しゅうございました」
と2人の衣装は簡単に決まったかに見えた。
だが、なかなか簡単にはいかないのだ。
彼は店での採寸には大変に気を使ったし、仮縫いでは自分の意見を率直に述べた。
別の日に行われている仮縫いの日の事。
「これは違うなぁ…」
「そうですか、では、」
とジェシカは何度目かの針の打ち直しをする。
そんな2人をアリスは見ていた。
「アデュ、ジェシカに任せておけば大丈夫だと思うのよ?」
「もちろんだよ。けどね、まだその段階ではないだけさ」
そんな会話が行われたのは、仮縫いがなかなか終らないせいである。
挫けそうになったジェシカがシミジミと言う。
「アンドレア様ほど、こだわりがお強い方を見た事がありません。私がこの仕事を始めてから初めてのことです」
ジェシカはアンドレアがルミナス1の伊達男だと言った。
アンドレアは、そのジェシカの言葉に彼の言葉で答える。
「アリスの隣に立つんです。私はアリスに似合う男と言われたいですからね。その為にならどんな努力でもしましょう」
そう言って、まだ納得がいかないから続けると宣言する。
素晴らしい笑顔で、だ。
その笑顔がジェシカに力を与えたらしい。
「さようですね。わかりました、アンドレア様。とことん参りましょう!」
「頼もしい。お願いしますね、ジェシカ殿」
アンドレアは笑顔で人を動かす。
その笑顔にちょっと焼もちを焼いたアリスが、ホンの少し不満げに言う。
「ねぇ、アデュ。私の仮縫いは、もう済んだのよ?」
「それはね、ジェシカ殿と君の間に繋がりが出来ているからだよ。ジェシカ殿に私の事を分かってもらえたら回数は減るだろうね」
「まぁ、ジェシカ、大丈夫?」
アリの面影を残している彼女は苦笑いでこう言った。
「ええ!これからアンドレア様を担当させて頂けるなんて、腕の奮いがいがあります。必ずお気に召す1着をお届け致しますのでご安心下さいませ」
「頼もしいね。ジェシカ、頼んだよ?」
「お任せください!」
3人の笑い声が店に響いた。
お披露目の日が楽しみである。




