えぴそーど 63
数日後のこと。
この日はアンドレアの屋敷に招かれているアリス。
今は、その為の支度をしていた。
大切な指輪を頂いた彼の母へ、感謝を述べたかったからだ。
お礼の気持ちを込めて選んだ品を確認していると、王がやってきた。
「何をしているんだ、アリス?」
「あ、お父様。ちょうど良かったわ。見てくださる?アンドレアさんの御両親に贈るもの、これで大丈夫かしら?」
「これか?うん?どれ…、なかなか良い品だ。いいんじゃないか?」
「良かった…」
それでもアリスは不安そうである。
「どうした?」
「まだ、不安なの。本当に喜んで下さるかどうかって…」
「そうか、よし」
と王が力強く言い放つ。
「ワシも行こう」
「え?」
「ワシがついて行く」
「お父様?」
戸惑うアリスの手を握り、王が願った。
「アリス、これはワシの我が侭だ。聞いてくれるな?」
「けどね、お父様が急に行くとね、皆様驚くのよ?」
「気にするな。お前が嫁ぐ所を見たいだけだ」
「お父様…」
「そうだろう?カナコに報告しないといけないからな」
「まぁ、お母様に?」
「あいつとは、ワシが来るまで待っていると約束したんだ」
母の名を出されると弱いアリス。
「もう、仕方が無いわ。けどね、なら、アンドレアさんに連絡だけは入れさせてね?」
「いいだろう」
アリスはアンドレアに電話をかけた。
アリスの言葉をアンドレアが周りに伝えると、受話器の向こうでは賑やかな驚きが聞こえた。
「父上がね、驚いているよ…」
「そうよね、ごめんなさい」
「いや、アリス。大丈夫だ。陛下がそれだけ案じて下さっているんだから、お言葉に従うだけだよ」
「アデュ…」
「アリス、心配しないでおくれ。こちらも驚いているだけで嫌がっている訳じゃない」
「そう?なら良かった」
「じゃね、待ってるよ」
「うん」
しかしながら、ヴァルファールの屋敷はその事実に大慌てになった。
文字通りのピカピカに屋敷を磨き上げたのだ。
王家の馬車が止まる。
ヴァルファール家の玄関には当主とその妻、その跡継ぎが勢ぞろいしていた。
まず、アリスが降り、その後から王が現れた。
待っていた3人は深々と礼をして、2人を丁重にもてなす。
王は満足気に言葉を出した。
「すまないな、ヴァルファール。急な話で驚いたのではないか?」
「陛下、真にその通りでございます。この息子は口の割には行動が読めません。親ですら、こうやって驚かすのですから」
「それは仕方がないぞ?なにしろ、ワシですら婿殿には敵わん」
「陛下ですら、ですか?」
王は愉快そうに笑う。
そうして、アリスの手を取った。
「婿殿。娘をよろしく頼む」
握った娘の手を、アンドレアの手に重ねた。
「は、必ず幸せに致します」
そう言い切れる男性を待っていたのかも知れない、と王は思う。
その時であった。
フッと体に触れる懐かしい感触を感じた。
いつも、当り前に感じていた、あの感触だ。
カナコ?お前、ここにいるのか?
そうか、いるんだな?
ならば、きっと笑っているのだろう。
ああ、声が聞こえるようだ。
デュークさん、アリスにも素敵な方が現れたわ。けどね、私達の方がね、ラブラブでしょ?
お前なら、きっとこう言うな。
そう、そうだな、その通りだ。
俺たちに敵う2人はいないな。カナコ…。
優しい風が吹いた。
「お父様?」
「あ、」
想いに耽っていた王は現実に引き戻された。
「どうかしたの?」
「なんでもないよ。さぁ、では入らせてもらうか」
「狭い屋敷ですが、どうぞ」
5人はヴェルファールの屋敷の中に入っていった。
「お気に召して下さると、いいのですが」
とアリスはハーマスとコレットへの贈り物を渡した。
思ってもいない事に、2人は驚き目を見張る。
ハーマスには王家用達の店で求めた万年筆。
コレットには迷った挙句にジェシカの店から用立てたストールを贈った。
「コレット…」
「あなた。アリス様が、この様に素晴らしいものを…もったいない…」
感動のあまり言葉が出ない2人のようだ。
「父上、義母上。どうですか?」
「アンドレア、この様に素晴らしいものを、頂いてもいいのだろうか?」
その言葉を聞いたアリスはアンドレアに頷く。
「アリスの気持ちですから、受け取りましょう?」
「そうだな、コレット。そうさせて頂こう」
「そうですね…」
アリスがホッと胸を撫で下ろす。
すかさずアンドレアが言葉を掛ける。
「アリス、ありがとう。君の気持ちが嬉しいよ?」
「ご両親に気に入って頂けて、嬉しいわ」
穏やかに顔合わせが過ぎて行く。
話は2人の婚礼の打ち合わせにうつる。
王はアリスとその婿を、ルミナスの皆に知らしめたかったのだ。
「では、新年の舞踏会で、ですか?」
「そうだ。ポポロとも話したのだが、お前達のことは早目に披露する必要があるのでな。後1ヶ月しかないが準備して欲しい」
「畏まりました。アリス、衣装は揃いになるけれどいいかな?」
「嬉しいわ。ジェシカにお願いしましょう?」
「それがいいね。式の準備もあるからね」
「ええ」
新年の舞踏会は華やかになりそうだ。
「で、式だが、」
「はい」
「春がいいな」
「そうですね」
「これは議会を通さねばならんが、そのつもりでいてくれ」
「はい。父上、それで宜しいでしょうか?」
「ああ、私達の事は気にしなくでも大丈夫だ。アンドレア、お前が全て決めればいい」
「ありがとうございます」
アリスはアンドレアの隣で、その手に触れていた。
安心できるからだ。
それは微笑ましい光景である。
そんな2人の様子を見守っていたハーマスが王に願う。
「いずれ、いや、来年早々にはアンドレアがこのヴェルファールの当主になります。そこでですが、陛下。息子には人よりも厳しく接して下さるよう願います」
その瞳は真剣であった。
「婿殿は覚悟出来ているのか?」
「もちろんです。隣にアリスがいてくれるのですから、その位の事は覚悟の上です」
心配そうに彼を見詰める紫紺の瞳だ。
「アデュ…」
「アリス、大丈夫。私はね、結構打たれ強いからね?」
王は苦笑いした。
「なるほどな。それなら存分にさせてもらおう。アンドレア、暫くはアンリの下で働け」
「は、畏まりました」
「あいつは厳しいからな。覚悟しろ?」
引き締まった顔のアンドレアが頷いた。
王はアンドレアの両親を見た。
「ハーマス、コレット殿」
「はい、陛下」
コレットは無言で頷いた。
「アリスをよろしく頼む。私とエリフィーヌの大切な娘だ。ちょっとおっとりしている所があるが、人を傷つけるような事は出来ない娘だ。父として願いたい。どうか、アリスを…」
年老いた王の涙腺は緩くなったのだろう。
零れそうになる涙を堪えるのが精一杯だった。
思わず2人に頭を下げていた。
「陛下、どうか、頭を上げてください」
「そうです、陛下…」
照れくさそうに顔を上げた王はこう言う。
「ワシは親馬鹿なんだよ。どうしたって娘の幸せを願うだけしか出来ないから、こうして直接願いに来たんだ」
娘の幸せを祈る、平凡な父の姿。
ごく当たり前の姿であるが、やはりルミナスの王がそんな姿を見せるなど、今後ないかもしれない。
「陛下…」
余りのことに、ハーマスは言葉少なくなる。
だが、コレットはスッと顔を上げ話し出した。
「陛下、ご存知かもしれませんが、アンドレアは私の実の息子ではありません。ですが、優しくで楽しい息子に恵まれてなんと幸せ者だと、喜んでおりました。それだけでも嬉しいのに、今度は、こんなにも優しくで綺麗な娘が増えます」
思わず笑みが零れる。
とても穏やかで優しい笑みだ。
「それに、アリス様とならば、毎日笑い声が耐えないような、そんな穏やかな家族になれます」
アリスが思わず頷いた。
「お義母様…、」
「そうですわね、アリス様?」
「はい!不束者ですが、よろしくお願い致します」
「そんな、こちらこそです。いい家族になりましょうね?」
「はい!お義母様」
そんな2人を見ていた王は安心したように頷いている。
「アンドレア、アリスはお前に託したぞ?」
「はい、お任せ下さい」
「ああ、お前ならば大丈夫だ」
王はようやく安心できたのだ。
ようやく最愛の妻に良い報告ができるから、嬉しかったのだ。
カナコは喜ぶだろうな。




