えぴそーど 6
王の誕生日、夜遅くの王宮。
セーラとマリウスが加わっての家族での団欒が続いている。
いつもよりも賑やかな時間に、王は心から寛いでいた。
「義父上、素晴らしい演説でした。恥ずかしながら、泣いてしまいました…」
とセーラの夫のマリウスが照れながらいう。
「マリウス、大丈夫よ、私も泣いちゃったもの」
「けれど、セーラ。男が泣くなんて、ちょっとな?」
「お義兄様、いいんじゃない?だってね、お父様も泣きそうだったんだから」
「おい、アリス!」
王は娘の暴露に思わず声を上げる。
アリスは気にもしないで言葉を続けた。
「いいじゃない、ね?ルイも見たでしょう?」
「ま、まぁ、」
ルイは父の名誉を思って言葉を濁した。
「別に大したことではないわ、ねぇ、お姉様?」
「そうよ、久し振りにお母様に会えたんでしょ?そりゃ泣くわよ?」
「よね、姉様」
王はこの娘達に賑やかさに、頭を左右に振ってため息をつく。
「お前たちは、やっぱりカナコの子供だ…」
その言葉に娘達は嬉しそうに笑う。
「「嬉しい!」」
その嬉しそうな返事につられるように、男性達も笑ってしまった。
そこへアリエッタとエイミィが入ってきた。
紙包みを抱えてである。
「なんだ?」
「アリス様からです」
だが、紙包みは3つもある。
「アリス?」
「うん、これはね、お父様。こっちがセーラ姉様で、これはルイよ」
それぞれに紙包みが贈られた。
「マリー伯母様がね、丘の上の絵を描いたらどうかって勧めて下さったの。それで描いたのよ。そしたら、家族の皆に丘の上の絵を持っていてもらいたくなって…」
「開けていいの?姉様?」
「ええ、開いてみて?」
ルイが真っ先に開いて絵を見た。父譲りの赤紅の瞳が大きくなる。
「姉様、ここは俺が、いや、僕が剣の稽古をしてた場所?」
「そうよ。ルイがマリウス義兄様と稽古していた姿を、お母様が見ていたでしょ?だから、この場所の絵はルイの物よ」
「うん!僕の物だ!」
父の前では自分を俺とは言えないルイは、嬉しそうにその絵を見詰めている。
「アリス、これって…」
セーラとマリウスは自分達に贈られた絵を見詰めて、驚いている。
「あの日の居間?そうよね?」
「うん、お義兄様と姉様が居間一杯に花を飾ってくれたあの日の居間。お母様が泣いて喜んだもの。だから、この日の居間の絵はお義兄様と姉様の物」
「うん、ありがとう…」
「アリス姫、なんて素晴らしい絵を、…、ありがとうございます」
そして、王は黙ったままで、自分に送られた絵を見詰めている。
優しい声になる。
「アリス、おいで」
「お父様」
王は優しく娘を抱きしめた。
「お父様、どこかわかった?」
「ああ、忘れる筈がない」
「怒る?」
「いいや、むしろ、感謝するよ。俺はもう二度と丘の上には行けないだろうからな…」
不思議な会話が続く。
「お父様、どこなの?」
セーラの問いに、王は穏やかに答える。
「これはな、俺達の寝室からの景色だ。カナコが良く眺めていた庭だ。朝には朝露が光って輝いたし、夜には月が庭を照らして美しかった」
「お父様達の寝室なの?」
「無断で入ってしまってごめんなさい、けど、お父様への絵を思ったときに、ここしか浮かばなかったの」
「いいんだよ、アリス。俺にはこれがあれば、いい」
久し振りに娘の頭を撫で、隣に座らせた。
「セーラ、ルイ、お前たちに相談がある」
「なにかしら?」
「なに?」
「丘の上の屋敷だが、アリスの物にしてもいいか?」
姉と弟は互いを見て、頷いた。
「いいわよ。ね、ルイ?」
「はい。僕にはこの絵がありますから」
「よし、じゃ決まりだ」
アリスが1人戸惑う。
「そんな…、だって、丘の上はお父様とお母様の大切な場所じゃない。みんなの物でいいのよ?」
「アリス、お父様のお気持ちよ。そうでしょ?お父様?」
王は穏やかに話し出す。
「そうだ、アリス。お前ならあの場所を、こうして伝えていける。お前の絵さえあれば、あこに行かなくても伝わる。いや、行けないからこそ、アリスの絵があってくれて嬉しいんだ。お前達には正直に言うな。俺はあの場所に行って泣かないでいる自信がないんだ。あの家にはカナコの思い出しかない。まだリリフィーヌと名乗っていた頃のことや、再び出会えた頃の事。初めての出産で不安定だった頃、子供達が増えて何度も通った事、そうそう、マリウスとセーラの話もあの家で聞いたな…。全部がカナコに繋がるんだ。俺は弱虫だ。カナコと泣かないって約束したのに、丘の上に行けば、涙が止まらないだろう。もしかしたら、思い出に浸って、そのままで帰る気すら失せるかもしれない。だから、行かないと決めた」
アリスは父の優しい瞳を見つめた。
「アリス?」
「…、はい、お父様」
「あの家をお前の好きにしたらいい。お前も、いずれは結婚するだろう。その時には相手と一緒に住んでも構わない」
「お父様!」
「俺だって、覚悟は出来てるんだぞ?けどな、…」
セーラがアリスの手を握って微笑む。
「アリス、お父様だって、分かってるのね。きっと素敵な方が現れるわ。いくらお父様が反対したって、へこたれない素敵な方がね」
「うん!」
王は苦笑いだ。
「おいおい…」
皆が泣きそうになりながら、笑っている。
それはそれで幸せな光景なのだ。