えぴそーど 59
愛しい人を乗せた馬車の姿が小さくなっていった。
アンドレアを見送ったアリスはいつも側にいてくれるアリエッタを見た。
すでにアリエッタの瞳は潤んでいた。
「アリス様、宜しゅうございました。あんなに仲睦まじく、仲の良いお2人のお姿を、見ることが出来るなんて…、もう、私は…。きっとカナコ様もお喜びです。誰よりもアリス様のお幸せを祈っておいででしたもの」
「アリエッタ、アリエッタのお陰ね。ありがとう」
「いえ、私は何も…」
アリスはアリエッタの手を取った。
「私がどんなに臆病か、アリエッタが知ってるもの。あのままじゃ私は泣いているだけで、アンドレアさんの本心を確かめに行こうともしないで、諦めてたわ。アリエッタがお父様やルイを説得して、アンドレアさんのところへ行ってくれたから、アリエッタだったから、なの。アンドレアさん、ううん、アリエッタの前ならアデュて呼ばせて。アデュがね、教えてくれたの。貴女が、私の為にしてくれたこと。感謝してる。ううん、その気持ちに私はどうやってお礼をしたらいいのか…分からないのよ?」
「アリス様…」
「アリエッタ、私が何処へ嫁ごうと付いて来てくれる?」
「勿論です。私はアリス様の侍女ですから」
「きっと、よ?」
「はい、お約束します」
「良かったわ」
アリスはアリエッタの涙を自分の魔法で消した。
それは初めてのことだった。
「姫様!」
「いいの、アリエッタはね、私のお母様代わりなんだから。誰にも文句は言わせないの」
「あ、…、ありがとうございます…」
「あ、また、泣かないで?せっかく魔法で綺麗にしたのに…」
「いいんです、このままで。アリエッタは、これで充分です」
「もう…」
2人はゆっくりと居間に戻った。
「姉様?」
ルイの声には安堵とからかいの音が混ざっていた。
「アリス姉様も、やっぱり母上の娘ですね?」
「なによ、ルイったら…」
「何って、ね…。どうですか、人前で惚気る気分は?」
「あ…」
弟の前で真っ赤になる姉。
「良かったですね?」
アリスは弟を見る。
「そう、嬉しいわ。ルイ、ありがとうね」
「俺は何もしてないですよ?」
「ううん、お父様と一緒に心配してくれてたもの。部屋に篭っていたって気づいてたわ」
「男ってのは、何も出来ないもんです」
「まぁ、大人びたこと言って…」
「もう、ね、姉様。俺だって大人なんですから」
「そうね、お父様の跡を継ぐために頑張っているルイは立派な世継ぎだわ」
その言葉に、ルイが照れてしまった。
言葉も出せずに、幼い頃に戻ったかのように、モジモジとしている。
「どうしたの?」
「姉様に褒められるなんて、慣れてないからですよ…」
「まぁ、私の可愛い弟は、まだ、ここに居たのね?」
「姉様…、参ったなぁ」
兄弟は笑い合った。
そして、姉が弟の手を取って王女としての顔になる。
「ルイ、お父様をお願いするわ」
「はい、わかってます」
「この家を、ルミナスを、貴方に託すから」
「はい」
「でもね、お母様なら、きっとこう仰る。ルイの好きなように生きなさい、ってね。私もそう思うの。だってお父様とお母様の子供なんだもの。ルイが生きたいように生きれば、それがルミナスにとって幸いになるのよ」
「姉様…」
思わず、ルイの瞳から涙が零れそうになった。
慌てて目をこするルイだ。
「泣かないの、」
「泣いてませんよ…、けど」
「ルイ、大丈夫よ。お父様だって見ていてくださる。ポポロとアンリ伯父様だっているもの。独りじゃないのよ?しっかりしなさい」
「はい…」
ルイは慌てて涙を魔法で消した。
久し振りにルイが弟であったことを実感したアリスは、姉の立場で弟を激励する。
「尻込みしてたらね、セーラ姉様と一緒に叱りに行くからね?」
「参ったなぁ…」
「私達の自慢の弟なんだから、しっかりしてね?」
「姉様、ありがとう…」
アリスの言葉にルイの心は少し軽くなるのだった。
その本人は突然大きな声を出した。
「そうだわ、セーラ姉様に連絡しないと!」
アリスは受話器を握った。
その会話は永遠に続きそうだった。
その頃のアンドレアは…。
屋敷に戻ったアンドレアは、真っ直ぐに父の書斎を訪ねる。
尋ねてきた息子の姿がどこか上気していることに気づく。
「アンドレア、どうした?なんか興奮しているのか?珍しいな?」
「ええ、父上に報告がありまして」
「なんだ?」
「実は、私、結婚しようと思います」
その言葉に父は苦い顔をした。
「あのアルホートの女とか?お前、あんなに嫌がっていたのになぁ…」
アンドレアは全力で否定する。
「冗談じゃない!、あ、すみません。彼女ではありません。結婚するのはルミナスの方です」
父の顔は満面の笑みになった。
「おお!そうか、そうか!それはいい、やっぱりルミナスで暮らすのだ。ルミナスの人間と結婚するのが1番いいぞ!」
「はい、では、」
「じゃが、いったい誰だ?」
「それは…」
身を乗り出して聞く父に、いきなり事実を伝えるのはやめることにする。
「あちらの御義父上の許可を得てから、引き合わせますので、それからで」
「嫌に慎重だな?」
「そりゃ、仕方ないですよ。父上、しばらくは内密に」
「そうだな、ジルには知らせないでおこう」
「アルホートの母上には、絶対に、知らせないで下さい」
「分かっているよ」
「けれど、義母上には今から私から伝えます」
「そうしてくれ、コレットが喜ぶ」
「はい」
アンドレアの父は満足そうに息子を見たのだ。
そして、彼は義理の母の元へ結婚の報告をしにいった。
その晩はそうして過ぎていく。
1人きりのベットの上で、話を上手く進めるために、アンドレアはじっくりと考えていた。




