えぴそーど 56
いつの間にか風が止んでいる。
気持ちを確かめ合った2人は庭にある椅子に腰掛けた。
もちろん、互いが触れ合えるほどに近くの距離でだ。
アリスの手はアンドレアの手に触れたままだ。
「ねえ、アリス?」
そのアリスの手を力強く握り返すアンドレア。
アリスは安心する。
「な、なに?」
こんな時間に慣れていないアリスはぎこちなく答えてしまう。
けれども、彼は少年のような声でアリスに話しかけた。
「やっと、恋人同士になれたね。嬉しいなぁ」
その瞳が眩しくて、アリスは目を逸らした。
そして、確認するように、少し拗ねるように、アンドレアに問う。
「けど、アンドレアさん。私でいいの?本当に、良いの?」
「アリス、私は君の恋人になれて飛び上がりそうに嬉しいのに?君はどうして、そんなこと聞くんだい?」
「だって、私、…」
アリスは言葉を選んだ。
「絵を描くことしか出来ないわ。とっても鈍感で、恋には疎いし…、貴方が喜ぶようなこと、分からないもの」
こんな鈍感な娘なんか、好きになってくれなくても当然…。
まだそう思う気持ちがどこかに残っていたのだ。
ところが、だ。
アンドレアは不思議そうに、アリスの問いに答える。
「それで?」
そういって、更にアリスに近づいて座る。
「え?…、だって、」
「アリスは私の側にいてくれるんだろう?」
「ええ、アンドレアさんの側にいたいわ」
「だったら、それでいい。私もアリスの側にいたいんだ」
アンドレアの手がアリスの腰に廻された。
2人の間に距離はない。
アリスにアンドレアの温かさが伝わる。
「アリス、絵の話してくれただろう?」
「うん」
「あの時、私はね、彼はなんて馬鹿なんだろうって思ったんだよ」
「どうして?」
「アリスを振るなんて、男として馬鹿だろう?」
「まぁ!」
その口に指でそっと触れてから、アンドレアは軽くキスをする。
突然のキスが終わり、「もう!」とアリスは軽く怒った振りをした。
そんなアリスの態度を可愛いと思ってしまう。
「ハハハ。けどね、今は違うんだ」
「違うの?」
「そうだよ。今は彼に感謝している。彼がアリスを振って、それでアリスが臆病になって、私が現れるのを待ってくれていたんだからね」
「そうね、そうよね?」
「そう。アリス?」
「はい」
「愛してるよ」
「私も、愛してるわ、」
もう一度、唇が重なる。
今までより、少し、深くなる。
初めての刺激に、アリスが小さく声を出した。
「あ、」
恥らう声が可愛い。
離れた唇が名残惜しそうだ。
だからアンドレアはアリスの耳元で囁いてみる。
「離さないよ?いいね?」
アリスは耳まで真っ赤に染まる。
その全てが愛おしいのだ。
愛する人が自分を愛してくれるとは、なんて素晴らしいのだろうか。
奇跡が起きたに違いない。
アンドレアはアリスの頬に触れる。
そのことには慣れたアリスが嬉しそうに見詰めるのだ。
思わず言葉が出る。
「私のアリスは可愛いよ」
「もう!」
「あれ?怒った?」
「…、怒ってない…」
アリスが下を向いた。
その顎をそっと持って、自分の方に顔を向けさせた。
また、互いの瞳が見詰め合う。
「じゃ、どうして?」
戸惑っている声がする。
「聞きなれてないの、そんな言葉達…」
クスクスとアンドレアが笑う。
アリスが不安そうに自分を見る。
「なに?なんでおかしいの?私、変な事、いった?」
慌てるアリスにもう一度キスをした。
また、少し深いキスだ。
キスは少しづつ大人のそれに近づいていく。
ゆっくりと唇が離れる。
暫くは見詰め合ったままだ。
アンドレアの指がアリスの頬を撫でる。
アリスはそのことに、ようやく慣れてきたようだ。
また会話が始まる。
「アリスは全てが可愛い」
「ほんと?」
「ああ、何をしても、だよ。全部が好きだ」
「嬉しい…」
ようやく自分の言葉に素直に喜べる様になったアリスが可愛い。
だから、可愛いからこそ、お願いをする。
「だから、ね」
「なあに?」
「今度はアリスからキスをしておくれ?」
また、顔が赤くなる。
ぎこちなくなる。
戸惑いが始まる。
「けど、」
「アリス、私を愛してる?」
「愛してるわ」
「じゃ、私の願いを叶えておくれよ?」
アリスの手が、震えながらアンドレアの頬に、やっと触れる。
彼はその手を握り締めた。
腰にまわした手を引き寄せて、離れないようにする。
「アリス、愛しているよ?」
愛おしい瞳がそういうから、アリスは、やっとの思いで、自分からキスをした。
震えている唇が、アンドレアには堪らなく新鮮であった。
アリスが自分を愛しているなんて、夢みたいだ。
そう、彼も、初々しい喜びに浸っているのだ。
ようやく落ち着きを取り戻しそうな2人であった。




