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えぴそーど 54

アリエッタの宣言にアンドレアが黙り込んだ。

今が好機とばかりに、すかさず、アリエッタが追求する。


「貴方様は、どうなのでしょうか?アリス様のことを、どうお思いになっていらっしゃるのでしょうか?」


暫くの沈黙の後、アリエッタを見る彼の瞳は、落ち着いていた。

彼の答えは決まっているのだ。

彼の気持ちなど、とっくに決まっている。


「好きに決まっていますよ」

「え?」

「私は姫を女性として愛しています。初めてあの画材店で出会った時から、好きでしたよ」


満足気にアリエッタは頷く。

そして、念を押した。


「本当ですね?」

「当然です。姫に出会って惹かれないなど、ありえませんよ?あの紫紺に見詰められて、冷静になれる筈がない」


安堵のため息が出てしまう。


「ああ、良かった!」


安心から、声が明るく響く。


「アリス様がどれほどお喜びになるか!どれだけ貴方様をお慕いしているか、お見せしたいです!」


けれども、まだ信じられないアンドレアは不安そうだ。 


「それこそ、本当でしょうか?いずれはそれなりの婚姻をされる方です。私などは相応しくないでしょうに」

「アンドレア様、それをお決めになるのはアリス様です」

「ですが、」


と、彼はアリスへの想いを伏せていた理由を語る。


「いくら父の後を継ぐといっても、私などこちらに戻って来たばかりの所詮他国の人間です。もちろん、ルミナスの血も入ってますが、やはりアルホートで育った人間です。私がアリス姫を好きだというだけで反感を持つ方もおられましょう。それがルミナスの姫に相応しいとは思えないのです。だいたい、私など、陛下がお許しにはならないでしょう」


その程度の事、とアリエッタは思う。

アンドレアの気苦労が分からないでもなかったが、頷く訳にも行かなかった。

やはり長い間、王家の側にいた人間である。

そうではない、と断言出来るのは彼女だからであった。


「それは取り越し苦労です。アリス様はアンドレア様が別の女性を結婚なさると思い込んで、塞ぎこまれているのです。それについては陛下もいたくご心配になられてます。アリス様がお元気になられるのであれば、きっと、お2人のこと、お許しになられます」


アンドレアはまだ戸惑っている。


「しかし、たかが子爵の息子です。釣り合いが…」

「アンドレア様!アリス様は貴方をお慕いになっております。このアリエッタが、この耳で聞いております。そして、貴方様もアリス様を好きでいらっしゃる。それ以上の何が必要なのでしょうか?それとも、お噂の通り、お母上のお勧めになる方との婚姻の話、進んでいらっしゃるのですか?」


アンドレアがため息をつく。


「進んでなどいません。私は断っているのですよ。ただね、母の勧めでして、その女性もその気になっていましてね。彼女は昔から思い込みの激しい人で…。その気はないと言っているのですが、聞いてもくれない。今回だってルミナスに一緒に行くと強引だったのを、日時を騙して戻って来たんです。本当に、断るのに一苦労してるんです」


思い出してもうんざりするみたいだ。

アンドレアの顔が曇った。

その気苦労が忍ばれた。


「ルミナスにも私が彼女と結婚するとの噂をばら撒かれるし、迷惑してるんです」


アリエッタは確認した。


「こうなった以上は、もちろん、その方とのお話はお断りしていただけますね?」

「この事がなくても断るつもりです。彼女との結婚など考えられない」


アンドレアは断言する。

ましてや、アリスが隣にいてくれるのならば、他の女性など必要ない。


「それよりも、こんな噂が立ってしまった男では、陛下がお許しになならないのでは?」

「それならば、大丈夫です」


あまりにも自信満々に返事をするアリエッタに彼は驚いた。


「え?」

「アンドレア様。陛下のことならば私がなんとか致します。ああ、そうです。下手な説得よりも、それよりも、お2人が仲睦まじく陛下にお会いになれば、それで解決します」


勢いに乗ったアリエッタはアンドレアを唆した。

少し早口で、勢い良く、だ。


「いいですか、アンドレア様?」


口調が失礼なモノになっていることに気付いてはいない。


「早速、今からアリス様を口説いて下さい。それで、いっそのこと、プロポーズまでしてしまって下さい。何事も勢いです。押し切ってしまえばどうにでもなるモノです。アンドレア様、男らしい所をお見せ下さいませ!」


アリエッタの肩がゼイゼイと動いている。


「アリエッタ殿、息は大丈夫ですか?」

「はい?」

「そんなに早口で焦らなくても大丈夫ですよ」


急に自分のした事が、本来ならば恥ずべき行動であったことを悟る。


「あ、申し訳ありません!なんとしたことを…、アンドレア様に会っていただけるだけでありがたいのに…」


しかしアンドレアの顔は明るかった。


「気にしないで下さい。けれどアリエッタさん、そんなに上手く行きますか?」


最後の気力を振り絞ってアリエッタが断言した。


「行かせます!」


アリエッタの迫力に押されたアンドレアは豪快に笑った。


「アハハハ!愉快だ!なんと、愉快なんだろう!」


侍女は戸惑いながら尋ねる。


「愉快ですか?」

「ええ、とっても。今まで生きてきたなかで1番愉快です。だってね、夢のようですよ。姫が私を好きでいてくれているってね」

「はい!」

「それにだ。姫には貴女という強い味方がいることもわかった」


アリエッタは恥ずかしさから体が熱くなるのを感じた。


「アリエッタさん、分かりました。この話、お引き受けしましょう」

「そうして下さいますか?」

「はい、男として一生姫を大切にしましょう」

「ありがとうございます!」


アリエッタはアンドレアに礼をした。

瞳は涙が溢れている。

そんな彼女を気遣って彼はこういった。


「では、姫のところに連れて行ってください、あ、少し用意をしますので、ここで暫くお待ちくださいね」

「はい、畏まりました」


アリエッタの全身から力が抜けた。

誰もいない居間で、手近な机に手を付いて体を支える。




良かった、よかった…。




そう呟いていた。

少しの時間の後、王家の馬車でアンドレアとアリエッタは王宮に向ったのだ。






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