えぴそーど 53
翌日、アリエッタはヴァルファールの屋敷前にいた。
大きな屋敷である。
アリエッタは貴族ではない。
王宮に勤めるようになったのは、侍女という職業の先輩で気に掛けてくれていたジョゼ・リトルホルダーの推薦だった。
彼女の推薦がなければ王宮に勤めてはいなかっただろう。
それに王女の付きの侍女といっても、本来は子爵に単独で会える身分でない。
断られたときのことを考えて、王からは「王の代理としてこの者を使わせる」との書状を授けられてきたが、それでも、気が落ち着かない。
けれども、アンドレア様ならば、会ってくださる。
そう思って会いに行くことを決意したのだ。
全ては、アリス様のため、だ。
気後れはしない、堂々と願おう。
覚悟を決めアリエッタは門をくぐった。
すぐにドアの前にいる従者が声を掛けてくる。
「どちら様でしょうか?」
そう、従者に問われて、彼女はしっかりと彼の目をみて告げる。
「私、アリエッタ・ゲーリと申しまして、アリス・カナコ・ルミナス王女の侍女をしている者です」
アリエッタの気迫に従者は押される。
「は、お、王女様の侍女の方が、何の御用でしょうか…」
「アンドレア・ヴァルファール様にお目に掛かりたいのです」
従者は少し困った顔をしたのだが、「お待ち下さい」とだけ言って屋敷の中に入っていった。
緊張が続く。
アリエッタは背筋を伸ばして立っている。
少しの時間の後、顔見知りの侍従が現れた。
「アリエッタさん、ご無沙汰しております」
「ああ、あの時の方ですね?お久し振りです」
誠実そうに話を聞いてくれる。
「はい、で、アンドレア様に用事とは?」
「お目に掛かってじかにお話をしたいのです」
「そうですか…、しかし主は、あいにく、これからお出掛けになられるのですよ」
アリエッタは引かなかった。
「分かりました。御戻りになるまで、ここでお待ちします」
「いや、ですが、いつになられるか」
「構いません。待つことには慣れておりますので」
「ですが、アリエッタさん…」
「ですから、構いませんと申しております」
「しかし、…」
と言葉をやり取りしているその時に、アンドレアが現れる。
「アリエッタさんではないですか?」
「アンドレア様!」
「アンドレア様、この方がお話があるとのことですが…」
「そうですか…。ですが、これから出掛けるのですよ」
アリエッタは必死に願った。
「少し、少しだけお時間を頂けませんか?お願いです。アリス様のことでお話があるのです」
アンドレアの顔が変わった。
「姫の?」
「はい、ぜひ、アンドレア様に聞いていただきたいのです」
「そうですか…」
と暫し考え込んだ彼は後ろにいた別の侍従に告げる。
「外出は取りやめる」
「ですが、先方とのお約束は…」
「何か見繕ってお前が言って謝って来ておくれ。頼んだよ?」
「アンドレア様…、畏まりました」
彼は去っていく侍従を見送ると、アリエッタの方を見た。
「では、中へどうぞ」
そして、アリエッタを家に招きいれた。
居間に通されると直ぐにアンドレアがアリエッタの言葉の真意を尋ねる。
「アリス姫が、どうかされたのですか?」
その声は心配している声であった。
「ずっと部屋に閉じこもったままで、もう、1週間もまともに食事をしようとしないのです」
「姫が?」
「はい、泣いてばかりなのです」
「食事もせずに泣いてばかり?それでは体が持たないでしょう?」
「はい、陛下も殿下もご心配なさっているのですが、一向に…」
「いったい、なぜ?」
そう問いかけたアンドレアをアリエッタは少々キツイ目線で見た。
悪気はないのである。
だが、噂が噂なので、こうなってしまう。
「アリエッタさん?」
アンドレアは少し戸惑っている。
少々凄んだ声でアリエッタがアンドレアを責めた。
「それは、貴方様のせいでございます」
驚いてしまう。
「私が?」
アリエッタははっきりと尋ねようと思う。
ズバズバと尋ねなければ、ここに来た意味がない。
「アンドレア様、率直に伺います。アルホートの方とご結婚なさるとは本当ですか?」
少しキツイ口調に、アンドレアは押され気味だ。
「私が?どうして、そのように?」
「貴方様のご親戚のお嬢様がその様に言っていたと、アリス様が仰っていました」
「あ、キャリー、ですね…。あいつ、そんな事を姫に言ったのか」
アンドレアの言葉が止まった。
アリエッタが責め続ける。
「そのせいで、いたく、アリス様が落ち込んでいらっしゃいます。食事も取らない程にです」
彼のの瞳が大きくなる。
何故と思うのだ。
「どうして、姫が?落ち込むのでしょう?まさか…、いや、そんな…」
そのアンドレアの言葉に、アリエッタは大きく頷いた。
「まさか、です」
「そんな、姫が、私を?」
「はい、アリス様は、貴方様をお慕いしておいでです」
アリエッタの宣言はヴァルファールの居間に響き渡った。




