えぴそーど 51
そんな乙女達の憧れをキャリーが打ち砕く。
「それは、駄目よ?」
キャリーが否定したのだ。
「どうして?」
「そうよ、アンドレア様は独身でいらっしゃるって聞いたわ?」
「「私もよ」」
一斉に疑問が乱れ飛んだ。
キャリーはちょっと自慢そうに言う。
「だって、アンドレア小父様には婚約者がいるんだもの」
「え?」とアリスが小さい声を出した。
しかし、それは乙女達の「ええーーー!」にかき消された。
心臓が痛い程に激しくなる。
けれど、動揺を隠すのは慣れている。
幼い頃から礼儀として母に躾けられたからだ。
それでも、言葉を出すなど出来なかった。
「ほんとなの!」
「そうよ、本当よ」
「ああ、ショックだわ…」
「そうよ…、あんなに素敵な独身の方ってそんなにいないもの…」
「本当よね、素敵な方は早々にお相手が決まっているもの」
ショックを受けた乙女達のお陰で、アリスは少し、ほんの少しだけ落ち着いた様に振舞えた。
「残念でした。小父様ね、今、アルホートに戻ってらっしゃるんだけど、きっと今頃は再会してらっしゃる頃よ」
すでにショックから立ち直った乙女がキャリーに尋ねる。
「ねえねえ、お相手の方って、どんなかた?」
「そこよ!昔ね付き合っていた方なの、昔の恋人!」
「やけに詳しいじゃない?」
「お母様と小父様のお母様がね、昔からの知り合いで、時々手紙のやり取りをしてるの。だから聞いたのよ」
「じゃ、確かなのね?ああ~…」
アリスの口が真一文字になったまま動かない。
「小母様たらね、どうしてもアルホートの方と結婚させたがっていて、その方と会わせるんだって意気込んでいるらしいわ」
「じゃ、まだ、婚約者じゃなんでしょ?」
「まぁそうなんだけど…、けど、肖像画を見たけど、お綺麗な方よ?知らない仲じゃないんだもの、きっと上手くいくわ。もう、婚約者扱いでも同じよ」
「本当に男性って、綺麗な女性には弱いから…」
「綺麗だってね、問題のある方って、いるものね。それも見抜けない男性の方が多すぎるわ!」
「本当!」
ようやくアリスが無言なことに気付く。
「そうよね…、あ、けど、お綺麗っていったら、姫様の他にはいないわ」
「そうよ!」
「私達の姫様より綺麗な女性なんてルミナスはもちろん、アルホートにもガナッシュにもいないわ!」
「もちろんよ、そんなこと!」
アリスは心臓が酷く波打っているのを隠すのが精一杯だった。
けど、やっとの思いで言葉を出した。
「そ、そんなこと、私よりも綺麗な方なら沢山いるわ。その、アンドレアさんのお相手の、かたも、きっと…」
「ルミナスの姫様が1番お綺麗です!」
「「「当然ですわ!」」」
泣きそうなのに、なぜか、笑ってしまう。
乙女達の励ましが、嬉しかった。
「ありがとう」
けれど、もう、何も聞きたくなかった。
「その方とアンドレアさん、お似合いなのでしょうね?」
「はい!きっと一緒にルミナスに戻られるってお母様も仰ってましたもの」
「そう…」
アリスは真っ直ぐに顔を上げた。
「ゴメンなさい、ちょっと時間が…、他の用事を思い出したの」
そう言ってから立ち上がった。
「今日は楽しかったわ。また、色々と教えて下さいね?」
「はい!」
乙女達はキラキラとしたままでアリスを見送った。
帰りの馬車だ。
アリエッタと向かい合わせになって座っている。
アリスは何も言わない。
「アリス様?」
それでも、黙ったままだ。
「…、」
「どうなさいました?スタッカード様のところで、何かありましたか?」
ようやく、アリスがアリエッタを見る。
「アリエッタ…」
と、そういったアリスの瞳からは涙が零れ落ちる。
「私、わたし、」
「アリス様…」
アリエッタはアリスの隣に腰掛けて、アリスの背中をそっと擦った。
聞いたのだろうか、と思う。
「アリエッタ、わたしって、馬鹿なの、」
「また、そんな…」
「だって、今になって、気づいたんだもの。私、アンドレアさんが、好きなんだわ」
「そうでしたか…」
優しくアリスを擦る手が止まる。
「そう、鈍感なのね、馬鹿が付くくらいに、鈍感なのよ。今頃、気づいたって、遅いの」
「遅い?」
「だって、アルホートにもう直ぐ結婚なさる方がいらっしゃるんですって、…」
「アリス様、」
「とてもお綺麗な方で、お似合いで、アンドレアさんのお母様も認めてらして…、直ぐに戻るって仰っていたのに、まだアルホートにいるんだもの、きっと、上手くいって…、」
「けれど、また画材屋でお会いしたいと仰ったのでしょう?」
「仰ったわ、けど、それは、親切心なのよ。私が、…、姫だから、それだけなのよ…」
「アリス様、」
涙が止まらない。
「沢山、お泣き下さい。大丈夫ですから」
「うん、アリエッタ…、わたし、わたし、もう、恋なんかしない、わ」
そういって、アリエッタにしがみついてアリスは泣いた。
アリスの母よりも3つ上のアリエッタにとって、アリスは我が子も同然である。
2度目の恋に酷く悲しむ姿はアリエッタにとっても、辛いものである。
アリエッタは、アリスが幸せになることを願った。
だが、アリスはそのまま部屋に閉じこもった。




