えぴそーど 5
その父の誕生日である。
勿論、国としての行事が行われる日でもある。
華やかな空気がルミナスを覆った。
王妃エリフィーヌが亡くなってからは自粛されていた為に、今日の様な華やかな行事が行われるのは久し振りであった。
そのために国全体がお祭り騒ぎに飢えていたのだろう。
あちらこちらで賑やかに祝杯が交わされている。
アリス17歳、ルイ14歳。2人とも王族として臨席をする。
好天にも恵まれ浮かれた空気が国中を包み込む。
そんな特別な日であったが、夜遅くまで組まれていた日程も無事に終った。
だが、王を称える歌がまだ続いている。城の前の広場では集まった国民が飲み歌い食べている。
それは自主的に残った民達が浮かれて騒いでいるのであった。
その様子を城の自室の窓から見ているポポロが、ホッと胸を撫で下ろしてた。
コンコン。
ドアがノックされる。アンリだった。
「ポポロさん、お疲れ様です」
「あ、アンリ殿。いやー、なんとか終りました」
「本当ですね。で、飲みませんか?」
アンリはワインとグラスを持って現れた。
「いいですね、頂きます」
赤いワインがグラスに注がれる。ルミナスのワインは美味しいと評判だ。
2人は乾杯をして互いに飲んだ。
「ううん、美味しい。仕事の後は特に美味しいです」
「良かったです。けど、やはり式典やパーティなどの進行はポポロさんの演出が、間違いないですね」
「アンリ殿に褒められると、嬉しいですよ」
2人は慣れた会話を続ける。
「あの《ルミナスを称える声》が一斉に歌われた瞬間には、もうね、胸が熱くなりましたよ」
「そうですよね、そこにタイミング良く、陛下とお子様達がバルコニーに現れた。あの演出には感動しました。さすがポポロさんです」
「まぁですね、上手く行きました。けれども、ほら、カナコ様の肖像画を掲げていた人達がいたでしょう?」
「ええ、いました」
「あれが決定的でしたね。私も涙が止まりませんでした…、お恥ずかしい」
「いや、私もです」
そうだったのだ。
《ルミナスを称える声》は王の誕生日には民が歌う歌としてルミナスでは有名な歌である。
国歌ではないが、国民で知らないものはいない。
その歌に合わせて歌う民の手によって、今は亡き王妃の肖像画があちらこちらで掲げられていたのだ。
これには、多くの者が涙した。
王ですら、だ。
本来ならばバルコニーに出るとすぐに民に言葉を掛けるのだが、今回は喋り出すまでに長い時間を要した。
何かを言おうとすれば、目が熱くなってしまう。泣かないために時間が必要であった。
隣に立っている子供達は、既に目頭を押さえて涙を拭っている。
『デュークさん、泣かないでね』
妻との約束を守りたかった王は、堪える為に時間を取り、ようやく、民に話しかけた。
「皆、今日は祝ってくれて、ありがとう。素晴らしい日になった。それに、私の妻エリフィーヌの姿も、あちらこちらに見える」
民は静まり返って言葉の続きを待った。
「エリフィーヌが亡くなって4年が過ぎた。だが、エリフィーヌは生きていたんだな。俺はそれを皆に教えられた。皆の心の中に、あいつは…、エリフィーヌは生きている。ありがとう、私に教えてくれて感謝する。皆の中にエリフィーヌが生きている限り、ルミナスの加護は永遠に続くだろう」
歓声があがる。大きな声に混ざって、泣き声も聞こえた。
皆が王妃を愛していたのだ。
「私の命をルミナスに捧げよう。今日、私に教えてくれた賢き民の為に、ルミナスの為に!」
割れんばかりの歓声が起こった。
地上も地下もなく、ただ、ルミナスの大地に生まれ育った民が、一体になって、王の言葉に応えた。
「いやー、あれには、胸が熱くなりました」
「ええ、陛下にあんなにも力強く演説をされると、ルミナスの人間としてやらなきゃいけないって気になります」
「まったくです。我々も頑張りましょう」
「はい」
2人の杯は重なっていく。
「しかし、妹が生きてたら、間違いなく惚気てたんでしょうね…」
「ええ、間違いないでしょうね。きっと、ポポロ、陛下って素敵でしょ?とか言ったんだと思いますよ」
「その程度なら、マシでしょう。私には、きっと、お兄様のところよりも私とデュークさんの方が仲が良いのよ!て言ったでしょうね…」
「懐かしいですね…」
「本当です…」
まだ4年なのかもしれない。
2人はしんみりとしてしまう。
この日の王の演説は、後々までに語られる事となる出来事であった。