えぴそーど 48
翌日。
天も2人を応援したのか、穏やかで良く晴れた日となった。
既にアリスとアンドレアは店の中だ。
アリエッタは店の隅にある従者の為の休憩所で休んでいた。
「あの、」と声が掛かる。
見れば先程会ったアンドレアの従者であった。
「はい?どうかしました?」
「貴女は姫様のお付の方ではないのでしょうか?」
「…、どうしてその様に?」
「私はアンドレア様の侍従なのですが、最近、主と良くお会いになっているので、失礼ならがら確認を、と」
「そうだったんですか。確かに姫様の侍女です」
「やはり、」
アリエッタは隣の席を勧めた。
勧められるままに彼は腰を下ろした。
「姫様は噂通りにお綺麗な方ですね?あ、これは失礼でした、噂以上です」
「お褒め頂いて、私も嬉しいですわ」
「いずれは地位のある方か王族に嫁がれるのでしょう?」
「さぁ、それは、私には分かりかねます」
「そうですね、申し訳ありません。差し出がましい口を利いてしまった」
実直そうに謝る男に好感が持てた。
なので、アリエッタは尋ねる。
「アンドレア様には、意中の方はおいでませんの?」
「どうでしょうな。ただ、もういい年なのでアルホートの母君が五月蝿くて…」
「そうなのですか?」
「はい、次々に縁談を持ち込まれます」
「まぁ…」
「近じかアルホートに戻られてお相手候補の方に会われるので、落ち着いて下されば、と願っております」
少し口が過ぎる侍従は、ようやく自分が喋りすぎたことに気づく。
「あ、なんてことだ。申し訳ありません。このような話をお聞かせしてしまって…」
「いいんですのよ。何も聞いておりませんから」
「ありがとうございます…」
「お気になさらないで」
「…、はい」
と気にしない振りをするのが難しかったアリエッタだ。
自分が見てきた通りならば、お似合いの2人と見たのだが、違うのだろうか…。
アリエッタの心が曇った。
そんな事があったことも知らない2人は買物を楽しんでいた。
店の奥には2人しかいない。
それもそうだ、高価な絵の具を惜しげもなく使う人間など、限られてくる。
カフェ・マリーの絵は色使いが見事だとの評価を受けているのは、この絵の具のお陰でもある。
やはり発色が違うし、色持ちもいい。
彼女の絵は、常に瑞々しいのである。
さて、今日だ。
いつもよりも大量の絵の具が籠の中にあった。
一つでは足りなくて、2つの籠に絵の具が一杯である。
自慢げなアンドレアに、困った顔のアリス。
「アンドレアさん、こんなに沢山買っても、1度に使いきれないわ」
暗に絵の具を棚に戻そうと提案したつもりのアリスであったが、アンドレアはバッサリと拒否した。
「では、取っておいてくださいね。姫のアトリエならば置き場所に困らないでしょう?」
「そうでもないの。こんなに沢山なんて、置く場所もないかもよ?」
「なら、姫のアトリエの側に倉庫を建てさせてください。そうすれば、姫の欲しい時にどんな色でも使えるでしょう?」
アンドレアの提案にアリスは思わず声を大きくした。
「そ、そんな、困るわ!」
アンドレアは戸惑うアリスを見て笑う。
アリスはそんな彼を見て、ちょっとふくれた顔をした。
「もう!またからかったのね?アンドレアさんは意地悪だわ」
「すみません、姫が余りにも可愛いので、つい…」
「可愛いって、やだ…」
「ほんとうですよ。姫は可愛い」
アリスの顔が少しピンクに染まった。
「アンドレアさんは、いつもそうやって女性に話すのね?」
「そんな事ないですよ?」
「ううん、だって、言葉が慣れているもの…、なんだか…」
アリスは何かを言いかけて止めた。
言葉にしたら後悔しそうだったのだ。
「姫…、?」
「あ、ゴメンなさい。気にしないで、ね?」
「気になるなぁ…」
冗談めかしてアンドレアは言葉を続ける。
「気になってアルホートに戻るのを止めたくなる…」
その言葉にアリスは過剰気味に反応した。
「え?アルホートに?戻るの?」
「はい、ちょっと用事がありましてね。そんなに長く滞在するつもりはないのですが」
「そうなの…、」
「どうかなされましたか?」
ふっと、視線を逸らすアリス。
寂しかったのだ。
「いえ、ただ、…」
それ以上が言えない。
言えないのは何でだろう、と思うが、言えない。
アンドレアの瞳がアリスを優しく見詰める。
思わず言葉が出た。
「戻ってきたら、また、一緒にここへ来ませんか?」
「はい!」
「それは、嬉しい。では、急いで戻って来ますからね?」
「約束です、ね」
「ええ、約束です」
かなりの時間が過ぎていた。
アリエッタがアリスの側に行く。
「姫様?」
「あら、アリエッタ。もう、そんな時間?」
「はい、そろそろ御戻りになられないと」
「わかったわ。ごめんなさいね、アンドレアさん」
アンドレアは微笑んだ。
「いいえ、お引止めしてしまってすみませんでした」
「沢山の絵の具、ありがとう」
「それは気になさらないで下さい。私も匂いを嗅げて…、あ」
彼はアリエッタを気にした。
「とにかく、それでは失礼します」
「はい、アンドレアさん、お気をつけて」
こうして、画材屋の前で2人は別れた。
それぞれの心の中に、何かを残して。




