えぴそーど 45
ルイが姉の姿を見つけて話しかける。
「姉様?」
「あ、ルイ…」
「どうしたの?」
「なんでもないのよ。今ね、私の為にジュースを持って来て下さるっていう方がいたから、お願いしたの」
「そう…」
少し怪訝そうに姉の視線の先を見渡した。
「それって、彼?」とアンドレアを見て言う。
「そうよ」
「卒業パーティの時も話してたみたいだけど、知り合いなの?」
「ルイ?それって尋問なの?」
「ち、違うよ」
「じゃ、これ以上は何も言わない」
「まいったな、姉様、ごめんなさい」
「人前で謝っちゃ駄目でしょ?」
「あ、いけない…」
そこへグレイスが現われる。
「ルイ様、アリス様、三重奏の演奏が始まります。良かったらお聴きになりませんか?」
「そうだな、聴かせてもらおう。姉様は?」
「ここで待つわ」
ルイは姉の視線の先の男性を見た。
姉よりは少し、いや、5歳は上ではないだろうか…。
ルミナスでは珍しい金髪に、ルイは警戒心を持った。
アルホートの人間だとすれば、もしもの時に姉はアルホートに輿入れをする事になるからだ。
ようやくアンドレアが飲み物を持って来た。
「お待たせしました、姫」
グレイスが彼を見て頷いた。
「まぁ、ヴァルファール様。それはアリス様の為に?」
アンドレアは穏やかに答える。
「もちろんです。少しの間、姫を独占したかったのですよ」
ルイが怪訝そうに彼を見ていたのに、気づいたグレイスはアンドレアを紹介した。
「ルイ様。彼はヴァルファール子爵のご嫡男で、いずれ父君の後を継いでルミナスの為に尽力して下さる方ですの」
「殿下、お初にお目に掛かります。アンドレア・ヴァルファールです」
ルミナスの貴族と聞いてルイの心から警戒心が薄れて行った。
「父君とは何度も会っていたが、君がそうだったのか…」
「は、まだ一度も出仕しておりませんので、ご存じなくても当然です」
「今は何を?」
「父からはルミナスの国を見ておけと、言われております。ずっとアルホートで育ちましたので、早くルミナスに馴染んでからの方が仕事がしやすいだろうとの親心でしょう」
「なるほど、ヴェルファール子爵にはこれからも隣国との友好を築いて欲しいと思っているところだ。君が後を継ぐとなると、頼もしいな」
「勿体無いお言葉です」
アンドレアはルイに失礼に当たらないように礼をした。
「これから、よろしく頼む。頼りにしているよ」
「ありがとうございます。父に恥じぬ様に全力でお仕え致します」
「では、」と、見計らって、グレイスがルイを連れ出した。
ルイは姉を気にしながらも、グレイスの後を追った。
ここで、気を利かせないと彼等の父と同じになるからだ。
アリスはアンドレアと2人になる。
アンドレアが持ってきたジュースのグラスには露が打っていた。
ルイとの話の間に氷が少し溶けてしまったようだ。
「少しぬるくなったかもしれませんが、美味しさは変わりませんからね?」
「ええ、頂くわ」
アリスはアンドレアが少し心配そうな顔で待っているのを見て、胸が温かくなった。
そして差し出されたグラスに口を付けてジュースを頂いた。
「美味しい!」
思わず笑顔になってアンドレアを見る。
そのアリスの笑顔に、アンドレアまで笑顔になるのだ。
「でしょう?良かった…。ここのジュースが美味しいので、作り方を教わって家の料理人に作ってもらうんですが、ね。何かが違うのでしょう。この美味しさにはならないんですよ」
「きっと、カフェ・マリーのレシピを伯母様なりにアレンジしたんだと思います」
店の名前を聞いて、彼は思わず言う。
「ああ、あの有名な…。本店には、私、行ったことがないんです」
「そうなんですか?」
「ええ、私は先程申しました通り、アルホートで育ったんですよ。父がルミナス生まれで、母がアルホートの生まれなんです」
「じゃ、アンドレアさんはお母様に似られたんですか?」
「そうですね、髪もこの色ですしね」
「でも、似合ってます」
思わず言った言葉にアリスは頬をピンクに染めた。
「ありがとうございます。まぁそれででしょうね。私が幼い頃に両親が別々になってしまった時に、私は母に連れられてアルホートに戻ったんですよ。きっとアルホートの方が目立たないから暮らしやすいと考えたんでしょうね。しばらくして、母は別の男性と結婚しました。弟や妹が生まれて、それでも義父は私を差別することなく育ててくれたんですよ」
「新しいお父様は、いい人、だわ」
「はい。…、あ、こんな話、姫にするような話ではないですね。すみません、止めましょう」
「いいえ、良かったら続けて下さい。ちょっと、アンドレアさんに興味が湧いてきました…」
控えめに言うアリス。
2人が互いに笑った。
「では、手短にね。私の父もこちらで別の女性と結婚したんですが、子供に恵まれずにね。それで、私が呼び戻されたって訳です」
「それは、最近なんですか?」
「ええ、丁度、画材店で姫に会ったころに戻ってきました」
「じゃ、私の事、お嬢さんって呼んだのは…」
「アリス姫のこと、知らなかったんですよ。姫の肖像画は数回しか見てなかったですからね。まさか、あんなに質素な出で立ちで街にいるなんて思いませんでした」
やはり質素過ぎたのだ。
アリスはここでも、反省する。
「怒られたんです、姉に」
「怒られた?」
「もっとちゃんとした服装にしなさいって」
「ちゃんと?…」
そう言って、アンドレアがアリスの姿を見るのだ。
アリスは急に今日の服装が気になった。
「アンドレアさん、私の格好、おかしいですか?」
「大丈夫ですよ。さっき言ったじゃないですか、姫は美しいって」
顔が赤くなる。
まだ、そんな言葉になれていないのだ。
「けれど、」
「はい?」
「このデザインを考えた方は、姫のことを良く知っている方ですね?」
「どうして、そう思います?」
「姫の瞳が、とても美しく見えるからです。とても良く考えられている」
アリスは戸惑ってしまう。
こんなに男性から自分を褒められる言葉を聞いたことがなかったからだ。
「アンドレアさん、もう、いいです。そんなに綺麗じゃないのは、自分で分かってますから。けど…」
「え?」
「うれしい、です…」
「可愛いなぁ…、あ、すみません!姫にこんな失礼なことを」
「い、いえ、」
アリスの顔が赤く染まっている。
アンドレアの顔も少し上気している、らしい。
ちょうど演奏が終ったようであった。
聞いていた人々が再び現れて、2人きりでの会話はそれで終わりとなってしまった。
そうやって、アリスのサロンデビューは過ぎた。




