えぴそーど 44
丘の上と王宮とカフェ・マリー。
それ以外の外出が殆どないアリスが、久々に別の場所へと出かけた。
スタッカード夫人のサロンへだ。
この屋敷の庭も素晴らしいと評判が高い。
夫人の人柄だろう、穏やかな色合いの花々が咲き誇る庭を訪れたいと願う人間は多い。
そのスタッカード公爵夫人、グレイスはスタッカードの百合と呼ばれるに相応しい優雅な仕草で、ルイとアリスに挨拶をする。
そして久し振りに会う夫の姪の美しさを称えた。
「まぁ、アリス様。益々、お綺麗になられて、」
今日のアリスは王女として相応しい姿だ。
薄いピンクのドレスはアリスの髪に合うような色が選ばれている。
当然ジェシカの店での仕立てたものだ。
ジェシカの色使いには定評がある。
特にだ、アリスのドレスの色合いは、常にアリスしか着こなせない、と云われる。
あの紫紺の瞳にしか着こなせないと。
それは当然だ。
ジェシカはアリスの為だけに、生地の染色から行っている。
その情熱こそがアリス・カナコ・ルミナスを輝かせる。
「私なんかより、グレイス伯母様はいつお会いして優雅で素敵。私、見習わないと…」
「アリス様、お褒め頂いて嬉しいです。けれども、アリス様こそ、素敵ですよ。それに、そう、ここ数ヶ月で、アリス様は芯がしっかりしたみたいですわ」
「そう?」
グレイスはニッコリと微笑んだ。
それは、夫であるアンリが褒め称えている笑顔である。
「アリス様、ここには色々な方が集まります。様々な世界の方とお話をなさって楽しんで下さいね?」
「はい、ありがとうございます」
ルイは早々に相手を見つけて離れて行く。
意外に冷たい弟にアリスはちょっと機嫌を損ねかけた。
それでも、しばらくはグレイスが付いてくれて、自然にアリスを紹介してくれた。
だから初めて出会う人ばかりであったが、アリスは会話を楽しむことが出来た。
そのグレイスに用事が出来、彼女は席を外す。
残されたのは、そこそこ美男子の男性とアリスの2人だ。
「姫とこうして会話が出来るなど、もう、光栄ですよ」
目の前の男性が話している。
アリスと話せるのが嬉しいのであろう。
言葉の一つ一つが興奮しているのが伝わる。
「姫は普段、何をなさっているのですか?」
「普段、ですか?そうですね…、」
何と言われても、絵を描いているとは言えずに、戸惑う。
黙ってしまっては失礼だろうか、とか考えている内に男性は独りで話を進める。
「姫の事だから、きっと、詩集などをお読みになっているのでしょうね…」
そういう趣味はなかったが、頷いてしまう。
男性の目が輝いた。
「でしょう!ああ、素敵だ。私の思った通りです!やはり、姫はルミナスの華、その美しさは私達の誇りです!」
なんか、弱り果てる。
そんなアリスの姿など見えていないらしい。
思わずルイをルイを探すと、彼は誰かと話し込んでいる。
参ったわ…、と思う。
が、上手く話を切り上げる術を持っていないアリスは、覚悟を決めて、その男性に付き合うことにした。
その時に、声がした。
知っている声だ。
「姫ではありませんか?」
声がする方を見る。
金髪だ。
思わずアリスは安心した声を出してしまった。
「アンドレアさん!」
アリスの声に反応したかのように、アンドレアはすっと2人の間に入ると、男性に謝った。
「申し訳ない。姫と久々にあったものだから、話をしてもいいだろうか?」
謝られた男性は、「ええ、…、まぁ、どうぞ。それでは、姫様、また」と言葉を残し去っていく。
アンドレアは微笑むと、アリスの耳元に寄って、小声で言った。
「あの方は、いい人間なんですが、話が単調で面白くないでしょ?」
「まぁ!そんな、こと…」
「どうでした?」
「…、その通り、でした…」
目が合った2人はどちらからともなく、笑ってしまう。
「けど、アンドレアさんは、どうして、ここに?」
「私の父がアンリ殿と親しくさせていただいておりましてね。それで、時々こちらへ」
「そうなんですか?私は弟に連れられて、初めて伺いました」
「そう言えば、殿下は最近良くお見えになられてますね」
アンドレアからルイの行動を聞かされて、知らない弟がいるのを寂しく感じる。
「そう…、あの子、あんまり言わないから、聞いたのは昨日が初めてなんです」
「家族には、余り言わないものですよ」
「そうね、大人になったのですからね…。けど、寂しいわ」
「そうですか?」
「ええ、昔は何でも話したもの。セーラ姉様と3人で、…、あ、ごめんなさい!こんな話してしまって」
アンドレアはとても優しい瞳で微笑んだ。
そして、意外な言葉を発した。
「アリス姫は、美しい」
「え?」
「最初に会ったときにも、そう思ったんですよ。真っ直ぐ前を見て、誠実に言葉を繋いでいく。姫は生き方が美しいんでしょうね」
アリスは驚いてしまった。
アンドレアが、生き方が美しいと褒めてくれた。
母以外でそんな考え方をする人間がいたことに驚いた。
目を大きく開いて、固まったような彼女を前にして、アンドレアは少し慌てたようだ。
「どうしました?」
「い、いいえ、なんでもありません」
「そうかな?あ、そうだ、このサロンのジンジャージュースは格別に美味しいんですよ。お持ちしますから、あそこで腰掛けて待っていて下さいね?」
「そんな、自分で…」
「駄目です。姫の為に持って行きたいのですから、待っていて下さい。それに、もう少し姫を独占していたんですよ。お願いします」
ユーモアがこもった彼の言葉に、アリスは頷いてしまう。
目がその姿を追ってしまった。
初めて会ったときには、父のようだと感じた。
そして、今日、母のように考える彼を知った。
だから、目が離せないのかもしれない、とアリスは思った。
不思議な方だわ。




