えぴそーど 42
今年度のルミナス王立魔法学院の卒業式が行われた。
王とその家族の退室により、式典は滞りなく終了した。
1年に一度のノンビリとした教授達の控え室。
「あーぁ…」
ジャックは大きく背伸びをした。
隣で本を読んでいる同僚が、声を掛ける。
「ハイヒット先生、どうかなされましたか?」
「いや、別に…、ただね…」
「はい?」
「やっと解放されるからね…、思わず、さ」
そこから先は言葉にならなかった。
出る言葉は全て、ここにはいない、そう、亡くなった妹への文句だったからだ。
ジャックはあの妹に語りかけていた。
おい、フィー。
あのルイもようやく卒業だぞ?
安心しろ、立派なもんだ。
皆が次代も安心だと、胸を撫で下ろしている。
お前の子供にしては上出来だ。
まぁ、陛下のお子でもあるから当然といえば当然かな。
これで、俺の役目は終った。
いいか、終ったんだぞ?
後のことはアンリ兄上の領域だ。
俺には関係ない。
関係ないんだ。
だから、学院も辞めるよ。
マサもさ、あの託されたルミナス研究所を退くつもりだ。
2人でノンビリと田舎暮らしって奴を始めるよ。
自分達の食べるものを自作しながらの生活だ。
マサがいるから何とかなるだろう。
俺達だって、2人で仲良く暮らしたいんだ。
それは俺達の権利だろう?
フィー、もう解放されてもいいな?
いいだろう?
あの兄は、今までの文句を心の中で言い続けていた。
言っても返事がある訳ではない。それでも彼は言いたいのだ。
彼も彼なりにハイヒットの兄弟が誇りであったし、大好きだったから。
そんな自分の考えに浸っていた時。
「ハイヒット先生?」
入り口近くから名前を呼ばれる。
「はい?」
「殿下が、お見えです」
「ルイが?」
いくら甥でも、呼び捨ては今日まで。
だが、今日は終っていない。
ジャックは立ち上がるのを渋っていた。
すると、ルイが扉から顔を出す。
「ジャック先生」
「どうした?」
「ちょっと、いいですか?」
「ああ」
そこまで言われたら一緒に行くしかない。
ルイはパーティを抜けて来たのだろう。初めての正装姿が眩しく見える。
2人は廊下の隅に移動する。
2人しかいない空間だ。
「どうしたんだ?用があればお前達の控え室に行ったのに…」
「そうしたら、先生と生徒じゃなくなるじゃないですか…」
「まぁ、そうだな」
ルイは少し距離を取る。
そうしてから、ジャックに対して深々と礼をした。
「な…なに、するんだ、俺に頭を下げるなんて、誰かに見られたら、どうする!」
ジャックが慌てる。
正装姿の国の世継ぎに頭を下げられて慌てない人間など、いない。
だが、ルイははっきりとした口調で、ジャックに対しての感謝を述べる。
「ジャック先生。今まで、厳しく御指導いただいて、ありがとうございました。先生がいなければ、俺はきっと勘違いして生きてしまったと思うんです。常に俺のこと見守って、過ちを正して下さって、ありがとうございました」
「ルイ…」
ジャックの涙腺は決して緩い方ではないのだが、本日ただ今は、かなりヤバイ状態になっている。
「馬鹿、当り前の事だ。俺は先生なんだからな。だいたい、お前だけに目を掛けていたいた訳じゃない。自惚れるのもいい加減にしろ」
「先生…」
「なぁ、ルイ。明日からは大変な人生が始まる。だが、お前は独りではない。そこを忘れるな?」
「はい」
「お前の父のように、人には誠実に接しろ?」
「はい」
「お前の母のように、やる時には大胆に行動しろ?」
「はい」
ジャックはルイの肩を軽く叩いた。
「明日からは先生と生徒じゃなくなる。ルイ、王として立派になれよ」
逃げそうなジャックをルイは言葉で引き止める。
「けど、先生はいつまでも先生ですから。少なくとも、俺はそう思ってます」
ジャックが驚いた目でルイを見る。
「馬鹿…、だなぁ、ルイは。それじゃ、いつまでも俺の気が休まらないだろう?」
「先生、諦めて下さい。ジャック先生は、一生、俺の先生です」
ため息しか出ないジャックだ。
だが、そのため息もどこか嬉しそうに聞こえる。
「これからも、お願いします」
もう一度お辞儀しそうになるルイ。
ジャックは慌てて制する。
「わかった、わかったよ。お前もフィーの子供だな。まったく、参ったよ」
そう言ってジャックは笑った。
「何かあったら尋ねて来い。気休めの助言でいいなら、いくらでもするぞ」
「お願いします、ジャック先生」
ルイの返事に、心が少し暖かくなる。
そして、控え室に戻り、また、心の中で妹に文句を言う。
お前もとんでもない家に嫁いだものだ。
兄弟全員を巻き込んで、さぁ、…。
けど、お陰で楽しい人生を送れそうだ。
とりあえずは、田舎暮らしはするからな?
いいな?
そこは譲れないからな?
ルイのことは、任せろ。
と言っても、アンリ兄様の補助しかできないぞ。
いいな?
フィー、おい、聞いてるのか?
捻くれた兄ではあるが、妹には弱かったのだ。




