えぴそーど 41
その晩は王と娘の2人の食卓である。
ルイはどこかに出かけている。
この2人の食卓にも慣れてきた親子だ。
野菜料理がメインのテーブルには、父の好物である温かいトーフのスープが上っている。
「お父様って、本当にトーフがお好きね?」
「それは当然だ。なんたってカナコが考えたトーフだからな。それに体に良いんだ、トーフは」
アリスは大好きな父を見る。
孫が出来てから、父はすっかり歳を取った。
シワも増えて髪も白くなった。
けれども、頼りがいがある父であることには変わりない。
父はスープを食べる手を休めて、アリスを見詰めて話を始めた。
「アリス」
「なあに?」
「スティーヴがガナッシュに行った」
「そう…」
娘が冷静に受け入れている。
少し安心しつつも、その事が心配になる。
「アリスは大丈夫か?」
父が心配してくれている事が、嬉しかった。
「はい、大丈夫。私はお父様とお母様の子よ?思ったより強いの」
「そうか?」
「ええ、スティーヴさんにフラれたって、平気…。それにね、」
アリスは手を止めた。
父を真っ直ぐに見る。
「また違う恋をするから、平気」
その強さに父は少し慌てる。
「な、アリス。なんなら、ずっと父の側にいてくれてもいいんだぞ?」
父の呪文のような願いに、アリスは苦笑いしながら答える。
「そうね、それも考えておくわ」
「うんうん」
まるで自分に言い聞かせるように、王は頷く。
「そうだ、今度一緒に遠出をしよう」
「お父様と?」
「ワシとじゃ、嫌か?」
「ううん、嬉しいわ」
「久し振りに海にでも行くか?」
「そうね、でも海よりもね、黄金の四角がいいわ」
「そうだな…、じゃ、行くか?」
「はい!」
それから暫くの後、アリスは父と一緒にルミナスのボッシュへと向かった。
父から聞かされる母との思い出は、初めての話もあって、アリスの心に残る時間となった。
ところで、次の恋の兆しは、現われているのだろうか?
数ヵ月後の事。
この日は朝から王宮が騒がしかった。
ルイが学院を卒業する日なのだ。
世継ぎの卒業だ。それ相応の支度になる。
「賑やかね?」
アリエッタにアリスが尋ねる。
「ええ、エイミィさんが奮闘してるんですよ」
「そっか、初めてのルイの正装だものね」
「そうなんです」
そこへ、サッシュを抱えたエイミィが現われた。
「姫様、おはようございます」
「おはよう、エイミィ。ルイをよろしくね?」
アリエッタは子供達の、エイミィは王妃の世話をする侍女として、長年王家に使えてきた。
だが、王妃の死をきっかけに、姫達はアリエッタが、王子はエイミィが世話をすることになった。
普通は王子に世話には男性の侍従が付くが、ルイの場合はまだ幼かったこともあって、エイミィが付いた。
エイミィにしてみれば、今日は特別に気の張る日となっている。
「はい、姫様。世継ぎに相応しいお姿にしてみせます」
「大丈夫よ。エイミィがやることには抜けはないわ。お母様がいつも仰ってらしたもの」
「…、姫様…、ありがとうございます」
ふっと涙ぐむエイミィ。
彼女にとって王妃エリフィーヌ・カナコ・ルミナスは特別だった。
「さぁ、エイミィさん」
「あ、そうでした。では失礼いたします」
そう言って彼女は足早に去って行った。
「さぁ、アリス様。人の心配してる場合じゃありません。アリス様も用意をしないと」
「そうね、じゃ、お願いするわ」
「はい、お任せ下さい」
部屋に用意されていたドレスは、アリスにしか着こなせないものであった。
薄い黄色は少し渋みがかっている。そこにアリスの髪と同じ緑色のフリルが品良く付いている。
それらは全て、アリスの瞳を引き立てるため。あの紫紺の瞳が美しく映えるための配色であった。
仕度が出来あったがた時、アリエッタが涙目になっていた。
「どうしたの?アリエッタ?」
「いえ、このお姿を、カナコ様がご覧になったら、どんなにかお喜びになったかと、そう、思いました」
「喜んでくださるかしら?」
「もちろんです。お強くなられた姫様を見て、誰よりもお喜びになったはずです」
「アリエッタ、ありがとう。ねぇ、ずっと、側にいてね?」
「もちろんです。私はアリス様の侍女ですから」
「うん!ありがとう」
その返事にアリエッタが涙を零した。
「アリエッタ、泣かないで?」
「すみません、こんな喜ばしい日に…、侍女失格ですね…」
「失格でもいいのよ、私の侍女はアリエッタしかいないんだから、ね」
アリスはアリエッタが落ち着くまで待った。
卒業の季節は風が爽やかな季節であった。