えぴそーど 40
置き去りにされたスティーヴ。
思わず独り言がでる。
「そっか…」
その独り言が、部屋の中に響いていく。
残されたスティーヴは、改めて手にした絵を見詰めた。
見れば見るほど引き込まれていく。
繊細な配色、緩やかに見えるが大胆な筆の後。
店ではこんな近くで見ることは叶わない。
今、こうして手にすると、アリスの息が感じられる気がする。
姫が俺の為に描いてくれたんだ。
この男は俺?
ああ、俺がガナッシュでルミナスを見ているのか?
いや姫がそんな絵を描くはずない。
きっと、俺が旅する何処かの土地で、気持ちよさそうに、風に吹かれて…。
せめてどんな絵なのか聞けばよかった、と後悔する。
だが全てが手遅れだ。
俺って、馬鹿だな…。
急に父親の忠告が頭の中に響く。
お前を好きな女性が現われても逃げ出すのか、とのあの忠告だ。
まったくだ。
いなくなると欲しくなるなんて子供だ。
そんな想いがスティーヴを支配する。
憧れていた絵だ。
憧れていた作者だ。
その彼女と毎日一緒にいた時間があったのに、気づかなかった。
俺は、馬鹿だ。
何度も繰り返してしまう。
サーシャが戻ってきた。
呆然と立ち尽くす彼の姿に、笑いそうになるのを堪えた。
「なにしてるの?」
情けない顔のスティーヴがサーシャを見る。
「あ、サーシャさん…」
何もかもが情けないが、特に声が情けない。
「なに?スティーヴの方が振られたみたいな顔してるわよ?」
「え…」
「まぁ、図星?」
容赦ないサーシャの言葉に、ようやく我に返る。
「きついなぁ…」
「なに、それ?」
サーシャも少し安心した。
安心ついでに、大きな声で説教を始める。
「何、情けない顔してるのよ?そんなんじゃ、どんな女の子も逃げるわよ!この馬鹿息子!」
サーシャが彼の頭を叩く。
叩かれたのに、嬉しいそうなスティーヴだ。
「馬鹿息子って、まぁ、馬鹿には変わりないですけど…」
サーシャが優しく聞いた。
「アリスが綺麗なことに、今頃気づいたんでしょう?」
「…、はい」
「絵の作者だって聞いたら、興味が出たんでしょう?」
「まぁ…、そうです…」
「どうしようもない、馬鹿ね」
スティーヴは笑った。
馬鹿って言われて、叩かれて、スッキリしたのだ。
「サーシャさん、俺、振られました。キッパリと、です」
「そうね」
スティーヴはしっかりとサーシャを見るのだ。
「けど、俺にも意地があります。振り返りませんよ、ガナッシュに向かいます。俺らしい生き方、して見せます」
サーシャも笑った。
「そうね、そうしなさい。私とダグラルが親代わりなんだから、これから、見っともないことしたら、ただじゃおかないわよ?」
「勿論です、ガナッシュの両親に恥はかかせません!」
「しっかりしなさい!」
「はい、これから、よろしくお願いします」
そう深々とお辞儀するスティーヴであった。
サーシャは思う。
これで暫くはルミナスに戻ることはないわね、と。
だってダグラルと2人でこの子を育てていくんだもの、と思うのだ。
スティーヴは家に戻り、全てを兄に話した。
兄は「そうか、」と言ってから、また、スティーヴの頭を撫でた。
「兄さん!やめてよ、もう!」
「ハハハ!」
兄は、この弟がもう二度とルミナスには帰ってこないことを感じているのだ。
「しかし、もったいないなぁ。ルミナスの王女だぞ?王女から告白されて、断ったなんて…」
「だって、…」
「まぁいいさ。家のことなら心配するな。父上も俺も、真面目に働いているんだ。ちゃんと評価はされているからな」
「うん、それが心配だったんだ。家にいる訳じゃないのに、迷惑かけたらどうしようかって…」
「心配いらない。陛下はそんなことで部下を変えたりするような方ではないんだ」
「知ってる。あの方は、凄い方だ。あの殿下も…」
「そうだな」
スティーヴは急に立ち上がって、兄に頭を下げた。
「兄さん、父上と母上をお願いします。俺、多分、ルミナスには帰ってこないと思うから」
「ああ、わかったよ」
「いいの?」
「いいも何も、そのつもりなんだろう?」
「うん、」
「じゃ、いい。だいたいガナッシュだろう?行きたくなったら会いに行くから。心配すんな」
「うん、」
「男だろう、泣くな」
「泣いてない…」
「お前の嘘は見破れる。俺はお前の兄だ。これからも、だ。困ったら手紙寄越せ?いいな?」
「はい」
兄の言葉に涙が止まらない、スティーヴ。
そんな夜を過ごして暫くの後に、サーシャと共に彼はガナッシュに帰って行った。




