えぴそーど 4
執務室では最近同じような光景が見られている。
頑なに拒む王と助言する大臣。
今日も同じ光景が行われている。
「陛下…」
「却下しろ、いいな?」
「しかし、こう立て続けにお断りになると、いい加減、角が立ちます」
アリスに宛てた縁談の申し込みを、王は頑なに断っているのだ。
「ポポロ、アンリ。いいな、アリスは嫁がせん」
「陛下、それは妹の想いとは逆ではないですか?」
「いいんだ、ルミナスの王が決めたのだ」
ポポロとアンリは互いに顔を合わせ、苦笑いするしかなかった。
「そんな事をしているとアリスはずっと嫁にいけないですよ?伯父として心配です」
「アンリ、心配するな。アリスはずっと俺の側にいればいいんだ」
「陛下…」
妻を亡くしてからの王は親馬鹿に拍車が掛かってしまっていた。
誰も止められないでいる。
第二王女が独身のままで良い訳が無い。
ルミナスの左大臣と右大臣は心配する。
姉のセーラは早々とビクラード侯爵家に嫁いだ。
それは王妃が存命の時に王を説得したから叶った事だ。
王妃が王を説得して、なんとか叶ったのだ。
王妃がいない今、アリスが嫁ぐのは至難となってしまっている。
その頃のこと。
そんなアリスは、伯母が経営する店で羽を伸ばしている。
「で、アリスは卒業して、どうするの?」
伯母のマリー・ハイヒットはルミナスで評判のカフェ・マリーの創設者だ。
辛辣でズバズバと意見をいう彼女がアリスは好きなのだ。
だから度々カフェ・マリーに訪れては伯母に話を聞いてもらっていた。
「うーん、せっかくだからね、家族の肖像画を描きたいの。いいでしょ?そういうの」
「まぁね、アリスの描く肖像画は素晴らしいものね」
それはマリーも太鼓判を押す。
アリスは、父と母の肖像画を描いてからは、自分達兄弟や、この伯母一家、伯父一家、など色々と描き上げていった。
そしてそれらを全て手渡していたのだ。
身内の贔屓目をなくしても、アリスは絵の向こう側から温かみが伝わってくる絵を描く。
「私が肖像画を描くってことは、お金を頂いて仕事するってことでしょ?大丈夫かしら?」
「別にいいんだろうけど、仕事を取られた人間は、怒るわね」
「そうよね、私が、そんなことしちゃ駄目よね…」
「そうね…」
アリスは卒業して王宮に暮らしている。
王女なのだからそれでいいのだが、彼女には物足りない。
「私、お姉様やお母様みたいに突進するタイプじゃないから、なんか迷ってしまって…」
「そうね…、アリスはじっくり考えるわ。けど、それは必要なことよ?」
「伯母様、そうかしら?」
「ええ、あ!」
と伯母が大きな声を出した。
「なに??」
「アリス、丘の上からの景色を描いてみたら?」
「丘の上?」
「そうよ、陛下はまだ訪れてないのでしょ?」
「うん、そうなの。お辛いみたいで」
父は母が愛した場所に行けずにいる。
あの場所の話をしただけで、父の瞳が潤むのをアリスもルイも気づいていた。
それほどまでに大切な場所だった。
「だったら、なお、よ。陛下に景色を見せてあげたら?」
「大丈夫かしら?」
「誰が?」
「お父様…」
「大丈夫よ。貴方達の父はルミナスの王よ。きっとね、キッカケが必要なだけ」
「うん、わかったわ」
伯母のアドバイスを受けて、アリスは1人、丘の上で絵を描くことにした。
さっそく次の日からアリスは丘の上の屋敷に篭った。
丘の上は両親が愛した場所だ。
庭は亡くなった爺が丹精込めて作り上げた。今は孫娘のマーサが世話をしている。
季節は春から夏へと移ろうとしている。
色取り取りの花が咲き、その色合いが濃くなっていく季節。
アリスは日々が過ぎていくことも気にせずに、黙々と描き続けた。
風景ばかりを写生し、下絵を描き色をつけていく。
一つの事に熱中して打ち込むのは母の血だろうか。
「アリス様、休憩しませんか?」
マーサが紅茶を入れて持ってきてくれた。
「ありがとう、そうね」
「はい、」
「うん」
一口飲む。
「美味しいわ」
「ありがとうございます」
1ヵ月が過ぎている。
完成した絵は3枚。下絵は10枚、スケッチは3冊を超えている。
「アリス様、この絵は完成ですか?」
「まだよ、もう少し風を描きたいの」
「風ですか?」
「そうよ、それを描き切れたら、次へ行けそうな気がするから」
「はぁ…次ですか?」
マーサは曖昧に返事をする。
アリスは微笑んだ。
これは自分にしか分からない感覚だから、それでいい、と思う。
もう直ぐ王の誕生日である。
娘は父に贈る為に描き続けた。
描き続けることによって、アリスは無心に近づいていく様な感覚を覚えた。
伯母からのアドバイスではあったが、アリスにも必要な時間だったらしい。




