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えぴそーど 39

その日である。



今日のアリスは輝いていた。

アリスの決意がサーシャにも伝わった。



やっぱり、王女ね。



その内面からも溢れ出る気品は、アリスだからだ。




暫くして、ドアがノックだれて、スティーヴが部屋に入ってきた。


「……、」


だが、彼はドアを開けた瞬間から、立ち止まったままで、動けずにいる。

口を開けたままで、ドアノブを持ったままで、呆然とアリスを見詰めている。


彼の視線の先にいたアリスは、ジェシカの店で仕立てた、そうこの日の為にとジェシカが大急ぎで仕立てた、そのドレスに身を包んでいる。

その生地は輝きがアリスの肌を美しく見せる絹で、ごく少量しか取れない貴重なものである。

もちろん、デザインはジェシカの手によるものであり、アリスの美しさを引き立てるには充分であった。

また、首許や耳元や髪に付けられている装飾品は、王の意向もあってどれも最高級のものである。


とにかく、本日のアリスは、輝いているのだ。  


呆けたようにアリスを見詰めているスティーヴに、サーシャが声をかけた。


「スティーヴ、どうしたの?」 


サーシャの言葉に、ようやく、彼の口が動いた。


「姫…」


けれども、その後も、スティーヴは言葉を失った。


護衛をしていた時からずっと見てきた。

だが、今日ほど彼女の事を美しいと思ったことはなかった。


正装とはいかないが、王女に相応しい出で立ち。

姉に言われて身に纏ったドレスは、薄い紫。

何層にも重なった薄い生地がアリスが動くたびに揺れる。

その生地には小さな宝石が縫いこまれて、揺れ度に輝くのだ。

髪は流行りの形に結い上げられて、瞳の紫紺色と同じアメジストの髪留めが輝いていた。



彼は、その汚しがたい美しさに圧倒されたのだ。 



言葉の出ないスティーヴを前にアリスが自分の想いを伝える。


「スティーヴさん、私、貴方に謝りたいの」

「何を、ですか?」


少し息を吸い込んで、アリスは伝えた。


「あのね、カフェ・マリーの絵、全部、私が描いてるの」


スティーヴの目が大きく見開かれた。


「え?嘘だろ…、あ」

「ごめんなさい…」


後ろで、サーシャがその言葉を肯定した。


「スティーヴ、本当にこの子が描いてるのよ。だから私も持っているの」

「そうなん、だ…」


呆然と立ち尽くしてしまう。


「それでね、」とアリスは包みを手にした。


そして、アリスは持ってきた包みをスティーヴに手渡した。


「これは?」

「良かったら、スティーヴさんに持っていてもらいたくて…、開けてみてくれてもかまわないわ」


包みを丁寧に開けたスティーヴの顔色が変わった。

絵だった。

自分がガナッシュで良く見に行ったあの絵とは少し違うが、同じ作者だと分かる絵だった。


「本当に…姫だったんだ…」

「そうなの」


気に入ってくれたのかどうか、彼の表情からはわからない。

アリスは少し不安になる。


「けど、あの、気に入らなかったら、捨てて下さい」


慌てて、ステーィヴはアリスを見るのだ。


「いや、姫…。凄く、いいよ、いい絵だ」

「スティーヴさんにそう言ってもらえて、嬉しいわ」


再び、彼はジッと絵を見詰めたまま黙り込んでいた。

勇気を出して、アリスが言葉を続ける。


「スティーヴさん、聞いてくださる?」

「あ、はい」

「私ね、スティーヴさんのことが、好きなの。でも、これは、私の片想いなのね?」

「姫…、」


スティーヴは言葉を濁した。


正直、自分の気持ちは曖昧なままである。

けれども、この絵を見てしまったら、気持ちが惹かれていきそうになっているのだ。

聞きたいことは山のようにあった。


この景色は何処なのか?

この優しい配色はどうやって考えるのか。

いかにアリスの絵で自分が癒されていたか。


憧れの作者なのだ。

その作者が目の前にいるのだ。

どんな話題でも話していたかった。



だけど、俺にはその資格がない。



スティーヴははっきりと感じた。

自分はアリスをルミナスの王女というラベルでしか見ていなかったのだ。

自分はその程度の男だったんだと。

生身のアリスが何を考えどう思っているかなど、考えたことがなかった。

いずれガナッシュに戻るから、と全てを色眼鏡で見ていたのは自分だ。


今、王女として相応しい、そう、ルミナスの宝石のように美しいアリスに、あの絵の作者だと告げられた。

そうしてから、やっと、自分の気持ちがアリスへと向かっていくのを感じる。




俺は情けない男だ…。

けれども、だ。

俺にだってプライドがある。

これは、俺の意地だ。




スティーヴは、初めて、ちゃんとアリスに向き合った。

そして、今、言うべき正しい言葉をアリスに告げた。


「姫様、申し訳ありません。私は姫の想いに応えることが出来ないんです」

「うん、わかってた、の…」


アリスの瞳から涙が零れた。

泣き顔さえも美しいその姿に、スティーヴの心は大きく動揺する。


「けど、ありがとう。私、生まれて初めて、恋をしたの。それは素敵な時間だったわ。だから、だから、スティーヴさんに会えて良かった」


しっかりしろ、と彼は自分を叱る。

続ける言葉は決まっているのだ。


「私もです。姫に会えて良かった。この絵、大切にします」

「うん」


アリスは涙を消した。

そして、顔を上げて、凜と前を向いた。


「伯母様、お時間をありがとう。お帰りになる前に、一度王宮に来て下さいね?」

「ええ、そうするわ。アリス、大丈夫ね?」

「はい」

「そう、じゃ、そこまで送るわ」

「はい、あの、スティーヴさん、」


見とれていたスティーヴは慌てて返事をした。


「は、はい」

「ガナッシュで、スティーヴさんらしい生き方をして下さいね?」

「ええ、そうします」

「私は、もう大丈夫ですから、安心して下さい」

「はい、それでは、姫。もうお目に掛かることもありませんが、お元気で」

「ありがとうございます」


アリスが部屋を出て行った。

サーシャも玄関まで送りに行った。




呆然としているスティーヴを置いたままで。





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