えぴそーど 38
暫く後。
スティーヴはアリス・カナコ・ルミナスの護衛の任を解かれた。
彼はそれを素直に受け入れた。
どこか寂しくもあったが、自分が出した答えからの結果だ。
早くガナッシュへ帰ろう。
そこで生活を始めよう。
海に出て知らない土地で、そうだな、知らない土地で普通の女の子と恋をして、楽しむんだ。
ふっとアリスの顔が浮かんだが、直ぐに消えた。
分不相応な恋愛なんてするもんじゃない、と消したのだ。
早く帰ろう。
ここにいると未練が残りそうだから。
スティーヴは早くガナッシュに帰りたかった。
スティーヴは、だ。
だが、サーシャはルミナスに滞在し続けている。
彼女なりに思うところがあったのかも知れない。
それから数日後のことだ。
アリスがサーシャの宿に電話を掛けてきた。
受話器越しのアリスの声は、明るくて強かった。
サーシャは安心した。
「アリス、元気そうね?」
「ええ、お姉様に叱られたから…」
「セーラが?」
「お母様のように、ちゃんとしなさいって」
「そうね、けどそれは全て陛下のためだったわ。フィーは陛下の為ならなんでもしたものね」
「そう、なのかも知れない。けどね、お母様はいつもお綺麗だったもの。だから、私もちゃんと生きようって思うの」
アリスは話を進めた。
「あのね、私、サーシャ伯母様にお願いがあるの」
「なにかしら?」
と言いながら、アリスのお願いの想像はついた。
彼女の可愛い姪は心を決めたのだ。
「スティーヴさんに会って、渡したいものがあるの。でもね、1人で会う勇気がなくて、…。色々と決めたんだけど、意気地がないの。だから、伯母様の泊まってらっしゃるお部屋で、一緒に会っていただけないかしら?それだったら、スティーヴさんも会ってくださると思うから…」
もちろん、姪の願いをきいてやろうと思う。
「いいわよ。アリスの願いなら叶えてあげるわ。じゃ、彼には私が連絡するからね?それでいい?」
「はい、お願いします」
サーシャは伯母としての忠告を贈る。
「アリス、」
「え?」
「分かっていると思うけど、ルミナスの王女として恥ずかしくない姿で、会うのよ?」
アリスの声は変わらなかった。
「伯母様、私、変わろうと思うから大丈夫」
「そう。なら大丈夫ね」
「はい、サーシャ伯母様」
姪の声に、サーシャは安堵した。
「やっぱり、貴女はフィーの娘だわ。いい?貴女は私の自慢の姪よ?」
「ありがとう!」
「じゃ、日にちは後で連絡するわ」
「お願いします」
受話器を置いたサーシャは、滞在を伸ばしたて良かったと思うのだ。
スティーヴは毎日のようにサーシャの宿を訪れていた。
「サーシャさん、いつ戻ります?母が日にちを知りたがって…」
「知りたいのは貴方でしょ?スティーヴ」
「まぁ、そうですが…。けど、いつでも出立できるのに、なんでルミナスにいるんですか?」
なに、この子、分かってないの?とサーシャは呆れる。
そして思わず、スティーヴに説教をしだすのだ。
「それは、貴方とアリスの事を終らせるためでしょ?」
「終らせるって、別に何もなかったのに…」
「一度、アリスに会うって約束は?どうなったの?」
「…、私から言えるはずないでしょ?断りたいから会ってくれませんか、なんて言えますか?」
確かにそうである。
だからサーシャもアリスの言葉を待ったのだ。
これはスティーヴが正しかった。
「まぁ、そうよね。これはスティーヴの言う通りだわ」
「そうですよ」
「けどね、」とサーシャが告げる。
「さっきアリスから会いたいって電話があったの。いいわね?」
「いいって?」
「私が日にちを決めるから、会うのよ?」
スティーヴは渋々承知した。
「…、分かりました」
目の前で泣かれるのが嫌だけど、仕方なかったのだ。
そうしなければ、互いに先に進めないのは分かっている。
「私、思うんだけど、ね。スティーヴ、」
「なんですか?」
その続きを言おうとしたのだが、まったく普通の顔をしている彼を見ると、言っても無駄なような気がした。
だから、言葉を変えた。
「ううん、いえ、そうね。ガナッシュには来週にでも帰りましょう。いいわね?」
「本当ですか!来週ですね?準備します」
スティーヴは家族に知らせるために、飛ぶように帰っていった。
1人しかいない部屋。
サーシャはスティーヴに言おうとした言葉を独り言として呟いた。
「後悔するのは、貴方の方だと思うのよ?スティーヴ…」
そう、呟いたのだ。




