えぴそーど 36
ちょうど、その頃のサーシャ達。
王から話を聞いたサーシャはご立腹であった。
ガナッシュに居た頃の彼とは違うことが不思議でもあったし、歯がゆくもあった。
彼の前に仁王立ちになり、そして、尋問が開始された。
「スティーヴ、アリスのこと、どうして黙っていたの?」
「サーシャさんに言うほどのことでは、ないんです」
「なに言ってるの?言うほどのことよ?ホントに困るわよ。いきなり陛下から知らされて…、私、何にも聞いてないんだもの」
スティーヴの顔が少し青くなる。
「それは…、すみませんでした」
「なに?謝ってるの?」
「はい、本当に、すみませんでした」
「ねぇ、ちょっと?謝る相手、間違えてない?私なの?アリスじゃないの?」
「そ、そんな…」
サーシャはズバズバと聞いていく。
海に揉まれた女は短気になるのかもしれない。
「じゃ、貴方はアリスのこと、なんとも思ってないの?」
「それはですね、なんといっても彼女はルミナスの王家ですよ?王女なんですよ?私なんかに相手が務まる訳ないじゃないですか…」
言葉を戸惑いながら出していくこの子が歯がゆかった。
「はっきりしなさいよ?」
「はっきりって、言われたって…。私は相応しくないんです」
ため息混じりになってしまう。
「スティーヴ、アリスの事、なんとも思ってないなら、護衛を止めなさい」
サーシャがキツめの物言いでスティーヴに迫る。
スティーヴの言葉が益々もたついていく。
「それはですね、護衛は殿下から頼まれたので、断ると角が…」
「角なら立たせておけばいいじゃない。ちょっと、スティーヴ。貴方、ガナッシュにいるときと性格が変わってない?」
その言葉にようやく本音を出すのであった。
「そりゃ、当然ですよ。ここには親兄弟もいるんです。まして、家は貴族として王家に使えている。家のことを考えると、私に出来ることは殿下に言われた通りにすることと、陛下に睨まれないようにすることです」
「スティーヴ、貴方…」
「サーシャさん、だから、私はガナッシュに帰りたいんです。早く楽に、自由になりたいんです」
「自由にって…。ねぇ、貴方の気持ちは、どうなの?」
スティーヴは言葉を止めた。
戸惑っているように見える。
何も言わないつもりなのだろうか?
サーシャがもう一度尋ねる。
「黙っているって事は、少しは気持ちがアリスにあるという訳?そうなの?」
彼は答えなかった。
なんだろうか、煮え切らない彼の態度は?
サーシャはため息をつく。
あえて弁護するならば、とサーシャは思った。
スティーヴは言い切ることが怖かったのかもしれないわね…。
心底嫌いなら、護衛は断っていた。
興味がなければ、お茶したり寄り道をしたりしない。
好きなのかどうかを知ろうともしなかったのは、このままの時間が続けばいいと、心のどこかで願っていたから、かも知れない。
ようやくスティーヴは顔を上げた。
そして、はっきりと言い切る。
「ないですよ」
「そう?」
「ええ、ありません。ただ私は状況が上手く納まるように、動きたいんですよ。誰にも迷惑を掛けたくないんです」
結局のところ、彼自身も良く分かっていないから、決められないのかもしれない。
断ったり、拒絶したり、までは行きたくなかったのだろう。
「まぁ、貴方らしいわ。けれどね、貴方の優しさは、時に残酷よね…」
「すみません…」
彼らしい返答に苦笑いだ。
だったら、尚、じゃないの。ちゃんと断らないと駄目よね。
サーシャは語尾を強くして告げる。
「けどね。一度、アリスに会って、ちゃんと断ってあげて。いいわね?」
スティーヴは顔をちゃんと上げて、それから、その問いに答えた。
「なら、サーシャさんと一緒にガナッシュに帰っていいですよね?」
その瞳は真っ直ぐにサーシャを見るのだ。
それは、ガナッシュに居た頃のスティーヴの瞳だった。
言い出したら聞かない、あのガナッシュに居た頃のスティーヴがここにいた。
「スティーヴ…、仕方ないわね、もう!」
仕方無しに頷くと、サーシャはスティーヴの頭を拳骨で叩いた。
「痛いなぁ!」
「これぐらい、我慢しなさい」
まるで母親が出来の悪い息子の不始末を叱るように、サーシャはため息をつくしかなかった。
そんな子供ほど可愛いから具合が悪い。
自分より背が大きくなったスティーヴを見ながら、サーシャはもう一度ため息をついた。




