えぴそーど 34
その知らせは、予想されてはいたが突然に訪れた。
ハイヒットの祖父母が続けて亡くなったのだ。
ヴィクトリアが亡くなったのは、ダニエルが亡くなって1週間後の事だった。
2人の葬儀は同時に行われた。
王とその子供達も参列した葬儀は、悲しみの中にもなにか安堵が含まれるものであった。
それは、2人が長寿を全うしたからであろう。
ハイヒットの懐かしい居間に、兄弟が集まった。
「マリー、お疲れ様。大役だったわね」
マリーは夫のカルロスと共に、この葬儀を取り仕切ったのだった。
やはり疲れが大きい。
「サー姉様、ありがとう」
サーシャは急ぎ単身でルミナスを訪れていた。
父の最期は看取れなかったが、母の最期は看取ることが出来た。
「マリー、立派だったぞ。父上も母上も、安心してフィーのところへ行ったさ」
「ジャック兄様、そう言ってもらえると安心する」
少し、ホッとしたのだろう。
マリーの瞳から涙が零れた。
「いやだ、年のせいよね?直ぐ涙が零れるのよ、ゴメンなさい…」
サーシャがマリーの肩に手を掛けた。
「無理しないの。泣いたって恥ずかしくないわ」
「姉様…」
マリーは姉の前で泣いた。
兄の友人であったカルロスと結婚して、父と母から家を継いてきた。
兄弟で1番両親と長く暮らした。
思い出は沢山あったのだ。
「もう、お母様に会えないんだわ…」
父と会えないことも、寂しいのだが、母に会えないことが堪えていた。
サーシャも同じ様な気持ちである。
「そうね…、お母様のお小言が聞けないなんて、寂しすぎるわ…」
姉妹を見ていたアンリが妹に声を掛ける。
「マリー、父上と母上に良く尽くしてくれたよ。ありがとう」
「アンリ兄様、私、これで良かったかしら?ちゃんとハイヒットを守っているのかしら?」
「ああ、マリーとカルロスだから、ここまでやってこれたんだ」
「うん、ありがとう」
久し振りの兄弟だけでの時間である。
ただ、一番下の妹がいない。
ようやく誰もそれを敢えて口にはしなくなった。
時は過ぎて、思い出は少し薄くなる。
サーシャが夫の不在を詫びた。
「ダグラルが航海に出ているから、連絡がつかなくて。ごめんなさいね?着いたらこちらに来ると思うんだけど」
「仕方ないよ、姉様。落ち着いてから、こっちに来てもらえばいいじゃないか?」
「そうよね、やっぱりガナッシュは遠いわ…」
父と母を忍ぶ時間が過ぎていく。
次の日。
サーシャが城を訪ねている。
マリーとカルロスが王に葬儀に参列して頂いた礼を兼ねて挨拶をするのに同行していたのだ。
城の執務室に通された。
3人とも、ここに通されるのは初めてのことだった。
王は仕事の合間で、穏やかに2人を迎えた。
「良く来てくれたな?」
「陛下、お時間を頂き感謝いたします」
とカルロスがマリーに目で合図した。
マリーから礼を言うことに、2人で決めたのだ。
「先日は父と母の葬儀に参列いただき、ありがとうございました」
「立派な式であった。ダニエル殿もヴィクトリア殿も、安心してる。マリー、良くやったな?」
「陛下にそう仰っていただけると、もう、…」
「カルロス、お前もだ。ハイヒットはお前とマリーがここまでにしたんだ」
「ありがとうございます」
カルロスは王の言葉に胸を熱くしていた。
「義父と義母の思いを、これからも引きついて参ります」
「ああ、カルロス頼んだぞ」
その後は取り留めのない会話を続けたのだが、サーシャが壁の絵を見て呟いた。
「これは、フィーと陛下ですか?」
「そうだ。まだカナコが生きていた頃にアリスが描いてくれたものだ。カナコにここに飾るからと言ったら、側にいるからね、って言われたな」
「まぁ、陛下。まだ惚気ますか?」
「あ、良いだろう?俺の中にはカナコがいるんだから」
姉妹は互いを見て、笑った。
「そうですね、きっとフィーはこの辺にいて、陛下にくっついているんでしょうね」
「かも知れん。あいつは甘えん坊だったから…、いや、その…」
「陛下、私達だから気を許してしまった、それでいいのでは?」
「そうしてくれ…」
バツの悪そうな王の顔を初めてみた姉妹は、妹を思いやった。
「そう、絵といえば、アリスは元気ですか?葬儀の時に見かけたけど、少し痩せたような…」
サーシャがいう。
王は渋い顔になり、マリーは戸惑っている。
カルロスは無言を貫いた。
「なにかあったのですね?」
「姉様、実はね。私はセーラから聞いたんだけどね…」
と彼女は王を見た。
「セーラは、なんと言っていた?」
「陛下、アリスが悩んでいると聞きました」
「そうか…」
「悩む?」
「ええ、姉様。スティーヴ君から何か聞いていない?」
「べつに、何も…、って??」
「アリスはね、スティーヴ君が好きなの。けど、彼にはそんな気がないらしいの」
サーシャの顔色が悪くなった。
「あの子ったら、手紙にもそんな事は書いてなかったし、昨日も会ったけど、一言も…」
「サーシャ、スティーヴが悪いわけじゃない。ただ、アリスの想いが届かなかっただけだ」
「しかし、それでも、スティーヴだって、もう少しやりようが…」
そう言ってから、王に進言した。
「陛下、私が聞いてみます。もしそうならアリスが可哀想ですもの」
「姉様、私が思わせぶりなことを言ってしまったせいよ。あんまり彼を責めないでね?」
「状況によるわ」
と言い放つハイヒットの長女の目は、少し怖かった。
ガナッシュの潮の香りは彼女を強くしたのだ。