えぴそーど 33
その王宮の居間に、王が戻る。
赤子の声に、誰がいるか分かると、信じられない声色でその名を呼んだ。
「おお!ジュリアン!」
そこには相好を崩して、にやけている爺がいた。
それ以外の表現が見当たらない。
「良く来たな?そうかそうか、爺のところにくるか?」
背を伸ばして王のところへ行こうとするジュリアン。
セーラは苦笑いになりながら、父へと息子を渡した。
「可愛いなぁ、ジュリアン、お前のことだぞ?わかるか?うん?わかるのか?お前は利口だな?」
父の姿を見ている2人は、呆気に取られている。
それは自分達には見せたことのない顔をしたからだ。
ジュリアンは凄いな、父上がただのお爺さんになってしまったよ。
ルイは自分に見せる父の姿との違いに驚くしかなかった。
それでも、最近の父は少し楽になったみたいだ、とルイは思った。
同じ様に驚いていたセーラが父に話しかけた。
「ねぇ、お父様?」
「なんだ?」
「ルイの卒業パーティのことなんだけど、」
「どうした?」
「ルイのパートナーをアリスにしてもいいでしょ?」
「アリスか?」
とルイを見た。
「父上、すみません。先日のトラブル以降、誰を誘っていいものか悩んでしまって…」
「そうだな、あの女は強烈だったな…」
「そんなに?」
「大人しい女性だったんですよ?それが、途端に、です。女性を見る目が無いのかなぁ…」
父も苦笑いだ。
その修羅場を見てみたかったとセーラは思ったが、口にはしなかった。
「そうだな、アリスが良いといえば、そうすれば良い。けどアリスも、今、大変そうだぞ?」
「あら、お父様は気づいてたの?」
「勿論だ。大切な子供達のことだ。見過ごしたらカナコに叱られる」
父の基準は今でも母だ。
子供達には、その事が嬉しい。
「お母様に叱られるのが怖いの?」
「当り前だ。カナコが怒ると、な、恐ろしいんだぞ。って、何を言わせるんだ、お前達は…」
勝手にお父様が喋ったんじゃない、とセーラは思ったが、父の名誉の為に話をすり替えた。
「ところで、ねえ、お父様。やっぱり、スティーヴさんはアリスのことをなんとも思ってはいないのね?」
「どうだろうか…、それは計りかねる。けれども、あいつはガナッシュに戻るつもりだな」
「やっぱり、戻るの…」
「それは変えたくないんだろうな。だからアリスの事は避けているんだろう」
「そんなの!」
とルイが大きな声でいう。
途端にジュリアンが泣き出した。
ルイが慌てて謝った。
「あ、ごめん、ジュリアン」
「良い子ね、泣かないのよ?」
とジュリアンは爺から母の元に戻る。
けれども、ルイは納得がいっていない。
「別にガナッシュに連れていってもいいのに。姉様ならついて行くと思うけど…」
「ルイ、それは違う。そうしないスティーヴを、俺はむしろ好ましいとさえ思うぞ?」
「それは、父上が姉様と離れたくないから?」
ルイの突っ込みに、言葉が濁る。
「まぁ、それもあるが、…。ルイ、考えても見ろ。スティーヴはガナッシュに戻って街で暮らす。貴族の地位を捨ててだ。アリスにその生活が出来るか?」
「う、うん…そうだよね…」
「アリスのことだ。アリエッタが付いていくだろう。だが、そのアリエッタの給金は誰が払う?」
「スティーヴさん、だね?」
「そうでなければいけない。しかしだ。だとすれば、今の奴の状況では、おそらく無理が生じる」
「そうよね…、夫婦2人で生活するなんて、アリスには無理ね…。まぁ、私でも無理なんだけど」
父は2人を温かい瞳で見る。
「それが生まれというものだ。ごく稀にそれを飛び越える者達がいるが、それには物凄い覚悟が必要だと思うな」
ルイが頷いた。
「うん、分かったよ」
王は満足そうに、息子を見た。
「なら、ルイ。アリスにパーティの件、聞いてみろ?」
「そうします、父上」
「それとだ、護衛の件だ。もう奴は止めても良いんじゃないか?」
その父の言葉に、セーラがストップを掛ける。
「アリスが承諾するかしら?」
「どうだろう…な。しかし、側にいるのは辛いだろう?」
乙女心が分からない父に、乙女心を伝える娘。
「お父様、辛くても側にいられる時間、欲しいものよ?」
「だが…」
「それは、私に任せて」
王は頼もしい娘の返事に頷いた。
「良し、そうしよう。なら、ジュリアンをもう一度抱かせてくれないか?」
「いいわよ、ほら、ジュリアン、お爺様よ?」
ジュリアンがご機嫌に笑う。
今宵の王宮には、温かい笑い声が良く響いた。




