えぴそーど 32
アリスが丘の上に泊まり込んで絵を描いている。
誰にも邪魔をされたくなかったのだ。
その頃。
セーラは珍しく泊りがけで王宮に里帰りをしていた。
「なんだ、アリスは丘の上なの?」
「そう、なんか真剣に絵を描くんだって」
ルイは甥のジュリアンを抱きながら姉に答える。
ようやく1人で座れるようになったジュリアンは、叔父が次々に面白い顔をするので、キャキャと笑っている。
「俺の顔、そんなに面白いのかな?」
「かなりね、ルイって子守が上手よ?」
「そう?ジュリアン、バァー」
「きゃきゃ、ばーーーーー」
「おお、上手だな、さすが俺の甥だ」
「まったく、世継ぎとは思えないわ…」
今はこの姉と弟しかいない。
「いいだろう、姉様しかいないんだから」
「まぁね、ところで…」
姉はここにはいない妹のことを尋ねる。
「ねぇ、アリスのことなんだけど」
「うん?」
「スティーヴさんと上手く行ってないこと、知っていた?」
「え?まさか?」
ルイが驚く。
「やっぱり、気づいてなかったのね?」
それは仕方がないのだろう。
ルイは今、父に託された重みと向き合い始めたばかりだ。
姉のことは上手く行っているものと思い込んでいたのだ。
アリスも家の中では暗くならないように振舞っていた。
だから、気づいてはいなかったのだ。
無理もない。
「うん…。けど、嘘だろ?」
それでも、やはりルイにはショックだった。
彼もまた、アリスが好きになった男性は、向こうも姉を好きになるもんだと思っていたからだ。
セーラやアリスほど美しい女性はルミナスにいない。
姉と仲が良い弟は本気で思っている。
「彼は、アリス姉様のどこが気に入らないんだ?」
「そうじゃないのよ、きっと」
「え?どういうこと?」
「ルイ、恋愛は本人同士が始めるものよ。周りが始めさせるものじゃないからね?」
「けど、姉様。俺は納得がいかない」
「いいのよ、ルイの納得なんて必要ないの」
「けど…」
ジュリアンがセーラの方へ行こうとしたので、ルイはセーラへと彼を渡す。
母の頬を触り安心したのか、再び1人遊びを始めた。
母親代わりの姉は弟に確認する。
「それよりも、ルイの方は、どうなの?」
「俺?」
「夜遊び、覚えたんでしょう?悪い子だわ」
バツの悪そうな顔をする。
姉には頭が上がらない。
「けど姉様、父上も許してくれてるんだから…」
「まぁね。お父様がそうなら、私のいう事じゃないわ」
「これでも、色々とあるんですよ」
「どんな色々なのか、興味があるわね」
「姉様…」
弟をからかった姉は、真剣な顔で別の話を持ち出す。
「けど、卒業パーティはどうするの?誰をパートナーにするつもり?」
「うーん…」
ルイは頭をかく。
「それがね、相手が見当たらないんだ。俺、好きな女性もいないし。それで軽い気持ちでパートナーにって申し込むだろ?そしたら次の日から王妃気取りなんだよ。冗談じゃない…」
「ま、あ、ね。そうね」
「申し出を取り消す為に、アンリ叔父上にお願いするしかなくなってさ。で、父上に怒られたよ」
「大変ね…」
そんな話、アリスから聞いていない。
もう、互いに自分のことだけで身一杯なのだろう。
「セーラ姉様は、凄いな」
「あら、なに?」
「だって、早々にマリウスさんと出会って、決めちゃって、仲良いんだもの。どうしたら見つかるんだろう?」
「そうね…、どうしたらいいのかしらね…」
「ああ、」とルイが背伸びをした。
「もう、館の女性に来てもらおうかな…」
セーラの顔が変わる。
「馬鹿なこと、考えるのは止めなさい、いいわね?」
ルイは素直に謝った。
「ごめんなさい、本気じゃないんだよ」
「分かってるわよ」
「もういいや。1人で行くよ。それでもいいんだもの」
「そうね。その方が丸く収まりそうね…、あ、そうだ、アリスと行けば?」
「え?姉様と?」
「アリスにも気晴らしは必要よ、そうしなさい?お父様には言ってあげるから」
「結局、それが1番いいんだよな…」
「そうそう」
弟の嘆きに付き合った姉。
なんだかすっかり大人びちゃって…。
知らない間に大人びた弟であったが、それでも可愛い弟には変わりなかった。