表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/81

えぴそーど 31

何かに誘われるようにアリスは店の奥に向かう。




そこは最高級の絵の具が置かれている場所。

色々なものを使ってきたのだが、やはり、発色が違ったのだ。


やっぱり、これがいいわね。 


アリスは新色を眺める。

何色か手に取り、確かめる。

気に入ったもの全てを購入する事にした。

やはり買い物はいいわ、と思う。

気分が晴れやかになる。


そうだ、と新しい筆も手にした。

2,3本のつもりが籠を見れば10本は入っている。

買いすぎたと思った。

これ重いわ、と少し後悔した。

でも良いじゃない、と品物を入れた籠を持ち上げようとした時、籠に知らない手が伸びた。


「持ちましょうか?」 


そういった男性は、初めて会う男性であった。

思わずアリスは彼を見上げた。

ルミナスでは珍しい金髪で赤紅の瞳、そして、逞しい腕が籠を持ってくれている。


「いえ、大丈夫です…」

「お嬢さんが持つには重いですよ?」


彼はアリスが籠を前に戸惑っていた姿を見ていたのだ。

そして優しい声でこう言った。


「大丈夫、持って行ったりしませんから、ご安心を」

「まぁ、そんなこと、思ってません…」

「それは良かった」


優しい笑い声がする。

互いの目が合った。


「それにね、美しいお嬢さんの為に籠を持つなんて、男として光栄なんですよ」

「あ、そ、そんな…」


アリスの頬が少しだけ赤くなった。

男性にその様な言葉を掛けられることに慣れていないのだ。


「私、美しくなんかないですから…」


小さな声で、そう言うのが精一杯だった。

男性はその言葉を流して、籠の中を見てからアリスに尋ねた。


「大量の絵の具ですね。大きな絵を描くんですか?」

「大きさは、まだ、決めてないんです。けど、大切な絵を描こうと思ってます」

「ああ、それで、ですね?」

「え?」

「こんなに大量の画材を求めるんですから、よほど気合いが入ってるんだなと思ったんですよ」

「気合い、ですか?」


「ええ、」と言って、男性がアリスを見詰めた。


「瞳も輝いている。良い絵が描けますよ、きっと」

「そう、でしょうか?」


アリスの肩にその男性の手が、そっと、置かれた。

そのさり気ない行動をアリスは受け入れた。


「もちろんです。大切な絵、描けますよ」

「そうですね…、ありがとうござます!」


アリスは真っ直ぐに男性を見た。

彼は動じることなくアリスを見詰め返す。

その赤紅の瞳は優しくて、真っ直ぐであった。


「行きましょう」


アリスを見て微笑んだ男は、そう言ってアリスの前を歩いていく。




なんだろう…、お父様みたいだ。




アリスはそう感じながら、その後ろ姿を追った。


籠を会計所に置くと、彼は、また、アリスの顔を見て微笑む。


「それでは、頑張って下さいね?」

「はい、ありがとうございます」


アリスも軽く会釈をした。

男性は店から出て行った。

しばらくアリスはその姿を目で追ってしまった。




店の外はいつの間にか雨も上がり、日差しが差し込んでいた。




「アリス様?」


アリエッタが不思議そうに声をかけた。


「どうなされました?」

「ううん、なんでもないの。私が買い過ぎてしまったから、運ぶのを手伝って下さったのよ」

「そうですか…」


アリスの声が、少し明るくなっているのに安心するアリエッタだ。

ようやく店主が声を掛ける。


「こちらで宜しいですか?」

「はい、お願いします」

「では、お包み致します」


梱包されていく手際を眺めながら、アリスは思い返していた。




なんで、そう思ったのかしら…。




どうして先ほどの男性が父に似ているなどと、どうして思ったんだろうか。

そして、男性のことを思い出そうとした。

ルミナスでは珍しい金髪の姿、力強い腕、優しい瞳。


いつもならば絵描きの持つ冷静な観察力で隅々まで覚えているのに、不思議なことに、どうしてか、部分でしか思い出せない。

それでも、アリスはさっきの言葉を思い返した。


気合い。

そうだ、気合いだ。


この絵の具と新しい筆で、描く絵が決まった。


スティーヴを初めて見たときに描きたいと思った絵だ。

見知らぬ丘で海を見ているスティーヴの姿。

その絵を想像しただけで、風を感じる。


そうだわ、その絵を渡そう。


そう思った。そして自分が作者なのだと伝えよう。

これは、些細な隠し事だ。

あの絵の作者は自分だと、スティーヴに明すのだ。



そうしたら、きっと、気持ちを言葉にして伝えられる。

その答えがどんな答えか分かっていても、ちゃんと言葉に出来ると思えた。



アリスは帰りの馬車に揺られながら、自分の考えを纏めた。





丘の上に行こう。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ